
前回までのお話・・・
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相棒がいくら肘で小突いて話せ話せと言っても、
彼はニコニコ笑って何も言わない。
親からゴミのように捨てられた少年と、
親のストレスのはけ口に折檻され続けてきた少年、
この子らは何て哀れなんだろうと目頭が熱くなり、
やがてブアッと視界が涙でぼやけた。
その瞬間、いきなり彼の記憶が
ドッと脳の中に流れ込んできて、私はすべてを知った。
物心ついた頃から繰り返されてきた虐待に、
やはり彼の脳は異常をきたしていた。
まともな神経であったなら、
とっくに家を飛び出していただろうに
それが出来なかったのだ。
生きたまま骨身を削られるような苦しみ、
地獄のような日々から逃れるには死ぬしかない。
サンタクロースがもし願いを叶えてくれるなら、
今すぐ死なせてほしい。
彼はそう言いたかったのだ。
常時酷い折檻を受けている為、
いつも体の何処かが痛んだ。
早く死んで楽になりたくて、
殴られる度蹴られる度、
その傷が致命傷になって死ねるように祈ったが、
不幸なことにその願いも叶えられなかった。
彼にとって死は切なる憧れであり、
生きると言うことは苦しみ以外の何物でもなかった。
彼は可愛がっていた鶏を絞め殺した。
それは何故か?
鶏は彼の分身、死んだのは鶏ではなく
彼自身だったのだ。
自分は死ねない。だから何かにその思いを転化して、
転化した物を殺すことで救われようとしたのだ。
トラックでたくさんの人を轢き殺すと言う
残虐な犯行を犯したあの日の朝、
彼は一人で街中をぶらついていた。
母親に切られたザンバラ髪が恥ずかしく、
仲間の所へいけなかったのだ。
「おまえを散髪屋にいかす金なんかないんだよ」
そう悪態をつきながら母親は彼を椅子に座らせ、
首にゴミブクロを巻きつけて髪を切った。
それは多分、散髪屋に
自分達がしている虐待の痕を
見られたくなかったからだ。
ボサボサの髪に栄養不良の青白い顔、
急に脇腹に激痛が走り、
彼は腹を押さえて唸りながら
何処かの店先でうずくまってしまった。
すぐに店主が出てきて、店の前に座るな
あっちへいけとばかりに追い払おうとしたが、
彼の意識は朦朧となり、
もはや立ち上がることすら出来なかった。
店主からの通報を受けて駆けつけた警察官が
彼の様子を見て救急車を呼ぼうとしたが、
彼はその必要はありませんと言って断った。
どうしていかないんだ?
これは君が助かるチャンスなんだぞと、
私は聞こえないのを承知で必死に呼びかけていた。
警官と一緒に病院にいき、虐待の痕を見てもらえば
保護されて救われるのだ。
しかし彼は大丈夫ですと繰り返すばかり。
警官は少年をそのまま
放って置くわけにもいかないので署に連れて帰った。
ソファーに寝かせてもらった少年は
そのまま眠り込んでしまい、目が覚めたときに、
お父さんが迎えにきているよと知らされた。
父親に引き渡されると
半殺しのめに遭うのはわかっているが、
もう何処にも逃げ場はない。
ソファーから身を起こした彼はきちんと座り直し、
覚悟を決めて父を待った。
やがてドアをカチャリと開けて
満面笑顔の父親が入ってくる。少し老けてはいたが、
それは私があの部屋で見た男に間違いない。
彼がまだ幼かった頃、
オネショをしたからと言うだけで逆さ吊りにしたあの男だ。
そいつを見ている私の胸の奥から
一気に憎しみが込み上げてくる。
「孝雄(たかお)、大丈夫か?」
迎えにきた父親は心配そうに彼の顔をのぞきこんだ。
孝雄と言うのか、私は少年の名前を初めて知った。
「ご飯も食べずに家を飛び出したって
母さんが心配していたぞ」
それは嘘だ!
私はあのとき、この男の横で笑っていた
ケバイ化粧の女を思い出していた。
孝雄は、下を向いたまま喋らない。
「さあ、一緒に帰ろう」
肩に手をかけられ、
孝雄は一瞬ブルッと背中を震わせたが、
やがてゆっくり立ち上がった。
もうお父さんに心配かけるなよと警官に肩を叩かれ、
彼は父親と一緒に警察を後にした。
しかし並んで歩くのは
警察の建物が見えなくなるまでで終わり、
後は罵られ蹴られ小突かれて、
ジャンパーの首元をつかまれ
引きずられるようにして家に連れ戻されたのだ。
生まれ育った我が家のドアは地獄への入り口。
警察で父親が言ったのはやはり嘘で、
心配して待っているはずの母親の姿はなかった。
「今からお前の腐った性根を叩き直してやる」
父親は孝雄を裸にして風呂場に正座させた。
〜つづく
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2008.10.04. (10:51)
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けたたましい音が耳元で炸裂し、
いきなり眩しい閃光が激しく交差して、
思わず両腕で目を覆った瞬間に、
黒く大きな物体が体を通り抜けた。
私の両側を走り抜けていくのが
バイクの群れだとわかったのは、
しばらく経ってからのことで、その中の一台を、
あの少年が運転していた。
彼はとうとう暴走族の仲間入りをしてしまったようだ。
でも、誰も彼を咎めることなんて出来やしない。
暗い気持ちを抱いたまま、
私はフワフワと空中を飛ぶようにして
彼らの後についていった。
ヘルメットを被らない暴走族の集団、
およそ十数台の大小さまざまなバイクが
ようやく止まった所は何処かの川原だ。
時刻まではわからないが、
とにかく夜であることには間違いない。
空にはキラキラと、たくさんの星が瞬いている。
不良達はみんな髪をリーゼントにして、
黒いジャンパーに細身のジーパンを合わせた
ツッパリスタイルで決めているが、
少年だけは赤茶けたボサボサの髪に
薄汚れた茶色のジャンパー姿だ。
みんなバイクをあちこちに停めて
それぞれの仲間同士で座り込み、
煙草を吸ったり缶ビールを開けたりしている。
少年も、後ろに乗せていた相棒と二人で
砂利の上に腰を下ろした。
寒いのか、両手を口元で擦り合わせて
吹きかけている息が白い。
ろくな物を食べていないのだろう、
栄養失調で髪の色が抜けてしまっている。
少年の寂しげな薄い胸を見ていると、
また鼻の奥がツーンと錆び臭くなり、目が熱くなった。
「もう十二月だもんなあ、寒くてあたりまえか」
前髪をカネの櫛でとき上げながら、相棒が言った。
「おまえのその服と頭、後藤さんが気にしてたぞ。
金が無いのなら出してやるからとまで
言ってくださっているんだ、お言葉に甘えたらどうだ?」
後藤って誰だと一瞬思ったが、どうやら族の頭らしい。
「いや、折角だけど父さんに怒られるから・・・
後藤さんには自分でわけを話すよ」
「そうか、お前んちは怒られると言うより
殺(や)られると言う方が当たっているけど。
なあ、まだ家を出る気はねえのか?」
「うん・・・他にいく所もないし。
それに真面目に帰ってさえいれば、
何もされないからね」
「おまえのその背中ボロボロじゃん?
そりゃ俺らのリンチよりエグイ傷だぞ」
友達の言い方がおもしろく感じたのか、
彼は立てた膝の間に顔を入れ、フフッと笑った。
「よく笑えるなあ、俺だったらとっくに出ちまってるよ。
それか親父をブッコロス」
「父さんが僕を殴ったり蹴ったりするのは
僕を思ってのことなんだ。
ちゃんとしてさえいれば殴られないからね。
ほら、今の仲間の間でもそうだろ、
上の命令には絶対服従だ。
もし、何かへまをしたら同じように制裁を受ける」
「俺は施設で育ったから親のことはわかんねえけど・・・」
わからないけど、お前の親は異常だと
その後言葉を続けたが、彼は笑って首を横に振る。
そうだ、何で家を出ないのだ?
私も不思議でたまらなかった。
幼い頃から異常な環境に育った彼は、
自分が今まで受けてきた虐待を
あたりまえのことだと受け止めている。
しばらく会話が途切れて、
二人ともぼんやりと夜空を見上げていたのだが――
「もうすぐクリスマスだよなあ・・・」
相棒が独り言のように呟いた。
そうか、今は十二月なんだ。
「なあ、サンタクロースっているのかな?」
いきなり相棒が嬉しそうな声で言ったので、
サンタクロースを信じる年頃でもあるまいにと、
思わず私の口元が緩んでしまう。
「さあ、どうだろう・・・いたとしても
僕のところにはきてくれないよ。僕は出来損ないだからね」
彼は薄く笑いながら下を向き、
指先で運動靴の紐をいじり出した。
「出来損ないってことはないだろう?
そりゃ、俺達は盗みやカッパライの常習犯だけど」
相棒はちょっと困った顔をして彼を見ている。
「サンタクロースがもし僕のお願いを聞いてくれたら・・・」
彼はそう言ったまま言葉を切った。
〜つづく
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2008.09.27. (09:31)
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乱暴に子供の両足をつかんで引きずり下ろしたが、
横たわった子供はもう意識がないのか
ピクリとも動かない。
「おお、そうだ、風邪を引くといけないから
これでも掛けとこう」
女はいそいそと部屋の隅に置いてあった
タオルケットを持ってくると、子供に被せた。
「ほほう、やさしい母さんだ」
男がニャッと笑うと女も嬉しそうにフフッと笑い、
二匹の鬼畜は卑猥な冗談を言いあい、
子供をそのままにして仲良く部屋を出ていった。
くそ、あいつらは人間の皮を被った鬼だ・・・
私はそう呟きながら、タオルケットからのぞいている
紫色に縄の痕がついた小さな足首を眺めていた。
出来るなら今すぐこの子を抱き上げ、
ここから連れ出してやりたかった。
しかし、私にはどうしてやることも出来ないのだ。
あの女の様子では、本気でこの子が風邪を引くなんて
心配しちゃいないだろう。しかしそれがたとえ
遊び心で掛けられたタオルケットでも、
この子にとっては親の愛なのだ。
逆さ吊りをされたのも、
オネショをした自分が悪いからと思っているに違いない。
この子は多分これが初めてではない、
いつもこうして折檻されているのだ。
こんなのは躾けでも何でもない!これは虐待だ。
そっと子供の顔をのぞきこむと、
子供は眠ってなんかおらず
パッチリと目を開けて何処か一点をじっと見つめていた。
何を考えているのだろうと思った瞬間
鼻の奥がツーンと錆び臭くなり、
ブワッと私の両目から
涙が溢れ出て視界がぼやけてしまった。
ぼやけた視界が目まぐるしく回転し始めたので
目を指で擦っていると、いきなり耳の中に
甲高い声とザワメキが飛び込んできた。
どうやらまた別の場所に移動したらしい。
目の前に机や椅子が並んでおり、
やたら眩しくて埃臭い。
あぁ、私はこの臭いをかいだ記憶がある。
そうだ、これは私が小学校だった頃の
教室のにおいと同じだ。ここは小学校なのか?
今は休憩時間らしく、教室は子供達の明るい声と
活気に満ち溢れている。
しかし、そんな中で一人だけポツンと机に向かい
本を読んでいる男の子がいた。
少し成長しているが、あの子に間違いない。
さっき会ったばかりなのに、
自分でもおかしいくらい懐かしくてたまらない。
私が喜び勇んで側にいくと同時に
机の上から鉛筆が転がり落ち、
男の子がそれを拾おうとして身をかがめたときに、
首筋から肩のあたりにかけて
無数に走るミミズ腫れが見えてしまった。
この子は、まだ親から虐待を受けているのか・・・
さっき見た無残な光景を思い出し、
胸の奥から絞るような痛みが込み上げてくる。
たまらなく抱きしめてやりたくなり手を伸ばしたが、
手の先がスッと少年の薄い肩に
吸い込まれていくのを見て、私の頭は真っ白になった。
ごめんよ・・・私は君に触れることすら出来ないんだ。
そう呟いた瞬間辺りの景色がグニャリと歪み、
また移動が始まった。
どうか次はこの子が幸せになる場面でありますように。
私はひたすらそう願っていた。
それがどのくらいの長さだったのかはわからない。
なすがまま、されるがままに異空間のトンネルの中を
クルクル回転していると、
やがて何処かに尻からドスンと着地した。
足元には藁が敷き詰められており、
青いトタン屋根が頭のすぐ真上にある。
両脇と後ろだけベニヤ板が張り付けられていて
正面は金網、これは多分鳥小屋か兎小屋に違いない。
畳三枚くらいのスペースには
プラスチックの長方形の餌箱が二つ
後ろの壁にくっつけるようにして置いてあり、
一つにはトウモロコシと刻んだ菜っ葉の混ぜたもの、
もうひとつには水。
辺りには藁のものとも、この餌の臭いともつかない
ムッとした臭気が漂っている。
胡坐をかいたままボーッとしていると、
いきなり私の腹を突き抜け、
一羽の鶏がコッコッコッと鳴きながら出てきた。
そしていつの間に現れたのか
あの子が私の目の前にしゃがんでいる。
待ちかねたように近づいていく鶏を、
優しく見つめる少年の顔は少し大人びており、
背が伸びたのか折り畳んだ足が長くなっている。
白の半袖シャツにズボンと言う組み合わせは同じだが、
前は半ズボンで今は長ズボンだ。
彼は餌箱から餌をすくうと、
手の上に載せて鶏に食べさせ始めた。
「君は中学生になったんだね」
感極まった私は聞こえないとわかっていながらも、
思わず声をかけてしまったのだが、
次の瞬間信じられないものを見た。
餌をついばんでいる鶏の首を、
少年がいきなり握り絞めたのだ。
ふいを衝かれた鶏に逃げる術はなく、
少しバタバタと暴れただけで、
彼の手の中でダラリと首を垂れて絶命した。
何をする!と言いかけてそれから後の言葉を失った。
彼は死んだ鶏を抱きしめ、
愛おしげに頬擦りしながら静かに泣いていた。
泣くほど大切だった鶏を、
少年は何故殺してしまったのか。
何が何だかわけがわからないまま、
私はまたもや移動を始めていた。
心労の為か、移動するのは慣れているはずなのに、
極彩色が渦巻く不透明な世界を
グルグル回転しているうちに酷く酔って吐きまくり、
吐き出すものが何もなくなって
口から胃が飛び出しそうになったとき、
やっと固い地面に着地した。
〜つづく
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2008.09.19. (09:36)
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たくさんの人を殺したんですよ。
おとなしそうに見えているが、実は人間の皮をかぶった
鬼なんだ。騙されちゃいけない、ねえママそうでしょ」
私は同意を求めるようにママを見た。
でもママはまだ目を閉じて何やらブツブツ
つぶやいている。ちょっとママ何とか言ってやって
と言いかけたとき、辺りの景色がグニャリと歪んだ。
「ぐおっ!ちょっ、またワープか?」
かろうじてバランスを取りながら
全身に加えられる衝撃に耐えているとき
先生が見えた。どうやら今回は私だけではないようだ。
私はもう何度も経験しているので
全身が蛸のようにグニャグニャになっている先生を見て、
自分もあんなふうになっているんだなと思えるくらい
心のゆとりがあった。しかし先生は
初めての体験だったらしく、
恐怖のあまりに顔を引きつらせ、
何か叫んでいるみたいだったが、
よく聞こえないまま極彩色の渦の中に呑まれて消えた。
さぞかし怖かっただろう。
自分の身に何が起こっているのかわからず不安だったろう。
私も初めてワープさせられたときは
不安でたまらなかったから先生の気持ちが良くわかる。
私は反転上昇を繰り返し、
色の洪水の中を突き進んでいった。
それは一時間の長さかも知れないし、
ほんの数分の間だったかも知れない。
飛ばされている間の時間の感覚が、
まったく曖昧でわからないのだ。
やがて着地したところは硬い地面ではなく畳の上だった。
部屋の中を見回すと、
小さな木製の整理箪笥が一つあるだけで
他には何もない六帖間。
随分殺風景な部屋だなと思ったのが最初の印象だったが、
すぐに、ここは寝室なのかも知れないなと解釈した。
部屋の中を歩き回っていると
何処からか小さな声が聞こえてくる。
耳をそばだてて聞いていると、それは子猫の鳴き声?
いや、違う、これは子供だ。
何処かで子供が泣いている。
微かだが、ごめんなさいとか
助けてとかも言っているようなので、
私は息を止めて身じろぎもせず、
全神経をその声を聞く為に集中させていた。
その声は今にも消え入りそうに弱々しい。
たちまち心臓が早鐘を打ち始める。
大変だ!激しい胸騒ぎに急いで襖を開けようとしたが
取っ手を触ることすら出来ず、
焦りのあまりに襖に体当たりしたとたん廊下に転がり、
その勢いで壁を突き抜け庭に落ちてしまった。
さっき雨でも降ったらしく
地面が湿って柔らかだったから良かったものの、
へたをすると打ち身で動けなくなっていたところだ。
土の上に座り込み、一息つきながら考えた。
そりゃそうだ私はこの世界では何も触れないのだから
襖を開けることなど絶対無理、
いや、むしろそんなことをしなくても
襖であろうが壁であろうが
自在に通り抜けることが出来るのだ。
要するに私は今三次元には存在しておらず、
二次元に存在している。
だから襖や壁などには触れないが、
地面の上にはちゃんと立つことが出来るのだ。
しかし今はそんなことはどうでも良い、
とにかく早く子供を捜したい。
私は急いで立ち上がり、目をつぶって壁をすり抜けた。
理屈ではわかっていてもいざすり抜けるときは、
まだ目を閉じないと不安になるのだ。
廊下に戻りじっと耳を澄ませていたら、
声の聞こえてくる方向がわかった。
あそこだ、正面に見えるあの部屋に違いない。
私は細く長い廊下を真っ直ぐ走り、
突き当たりの部屋の前に立った。
間違いない、子供はここにいる。
「ごめんなさい・・・もうしません」
何度も繰り返しながら泣く声が
ますます弱々しくなっている。
待ってろ今いくぞとばかりに中に飛び込むと、
そこにはとんでもない光景が広がっていた。
その部屋は二間の仕切りになっている襖が
取り外されており、欄間にかけられたロープの先に
五つか六つくらいの小さな男の子が、
素っ裸のまま逆さ吊りになっている。
足首を細いロープで固く縛られた子供は
顔を鬱血させて垂らした両手を力なく揺らして泣いており、
側に三十代の中頃と思える
一見ヤクザふうの男と派手な化粧の女が立っていた。
やめろ!と叫んで子供に駆け寄り抱こうとしたけれど、
情けないことにまたもや次元の壁が
立ち塞がって邪魔をする。
「あんた、もうそのへんでやめたら?
死んだら困るじゃないか、あたしら一応親なんだし」
女が男にそう言った。
死んで困るのなら何でこんなことをする、
こいつら本当にこの子の親なのか?
「フッそうだな、このへんで止めとくか。
おいクソガキよく聞け、ションベンは便所でやるもんだ。
今度垂れやがったらもっと酷い目にあわすからな」
何だと、オネショをしただけでこんな・・・
カーッと一気に頭に血が上るのがわかった。
「この野郎、お前らそれでも人間か!」
しかしいくら怒鳴っても、哀しいかな
彼らには私の声も聞こえないし姿も見えていないのだ。
〜つづく
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2008.09.13. (15:17)
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そんな野郎を呼んだら大変なことになるよ」
「そうですよ、ママさんよくお考えなさい」
私と先生がいくら言ってもママの鼻息は鎮まらず、
興奮のあまりに顔が真っ赤になっている。
「ママ、殺人鬼をここへ呼んで
いったい何をするつもりなの?」
「絶対いけません、お止めなさい」
「二人ともうるさいわね、呼ぶと言ったら呼ぶのよ」
退いて頂戴と言いながら立ちはだかる先生の体を押し、
ママはフロアーの真ん中で仁王立ちになった。
広げた両手でゆっくりと大きな円を描きながら、
低い声で何やら呪文のような言葉を唱え始めると、
カウンターや椅子、ソファーやテーブル、
ドアと一緒に四方の壁と天井までもが消えてしまい、
奥ゆきの広さがわからないほどの、
漆黒の空間が出来上がっていた。
闇の中で、夜光虫のように光っている
ママの足先一メートルくらいの床から
もやもやとした黒い煙のようなものが立ち上り始め、
目を凝らして見ていると、あれよあれよと言う間に
人の形になってきた。
とうとうママは殺人鬼を召喚した。
しかし、現れたのは
想像していたものと全くイメージが違っていた。
それは殺人鬼と呼ぶにはあまりにも儚く、
顔にまだあどけなさが残る少年で、
いきなり知らない場所に現れたからか、
ボーッとした顔で突っ立ったまま
不安げに辺りを見回している。
肩幅も狭く頬もこけて、ひどく痩せた少年は
所々擦り切れて穴が開いたジーパンを穿いており、
素肌の上にいかにも安物の
黒っぽい茶色のジャンパーを羽織っていた。
胸に無数の青あざと切り傷がチラチラと見えて
痛々しいが、人間をトラックのタイヤで潰しまくって
微笑むような化け物に、
同情してやる必要など全くないのだ。
そんな恐ろしいことをするような奴には
とても見えないけれど、人は外見に騙されるもんだ。
ここは念の為に一発かましておくのがいいだろう。
フンッと鼻から大きく息を吐いて歩き出すと、
後から先生もついてくるのがわかった。
私は少年の前に立ち、
腰に手を当てて威嚇するように胸を突き出した。
「おい、お前!何でここに呼ばれたかわかってるな、
お前をこれから地獄に落とす」
ドスの効いた低い声でそう言ってから、
ピンと立てた親指を真っ直ぐ下に向けてやった。
すると少年は、驚愕の目をして私を恐れ、
今にも折れそうなくらい細い腕で
自分の肩を抱いてしゃがみ込み、
ブルブルと体を震わせて
泣きそうな声で小さくゴメンナサイと言った。
「おいおい、それは驚かせすぎだ」
先生が少年を庇うような言い方をしたのが気にいらない。
〜つづく
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2008.09.06. (10:00)
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