オンライン小説&出版本紹介のHP「ハレルヤ-樋口裕子-」のブログ、夢日記や短編小説など書いていく予定です。(コメントの欄に業者の方の宣伝はご遠慮願います)
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1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 (ママの店) 私の体に勇気がみなぎるのがわかる。 そうだ、こんなことをしている場合ではない。 そう思ったとたん、 私は俊介の体からするりと抜け出した。 目の前に上半身血まみれの男が立っている。 鼻を中心にして腫れあがり、 乾いた血の亀裂が顔全体に 何本も走っている様子が痛々しい。 「おい、聞こえるか」 私は俊介に呼びかけた。 最初は反応が全く無かったが、何度か 呼びかけているうちに、やっと俊介が 私の存在を認識した。 「お前は誰だ・・・」俊介が聞く。 「私は訳あって、 今まで君と一緒に行動してきた者だ」 「一緒に・・・? 」 と俊介は怪訝な顔をする。 「君は田中満智子さんを愛していた、 その気持ちがどんなに強いか 一緒にいた私が一番良く知っている」 私がそう切り出すと、 俊介は力なく首を横に振った。 「やめてくれ・・・もうたくさんだ」 満智子のことなどもう忘れたいと言うように、 俊介はゆっくりと首を振り続ける。 「君も男なら、何故本心を満智子さんに 伝えようとしないんだ」 俊介は一瞬目をむいた。 それは怒りの目か、驚きの目なのか あまりにも血だらけで判別出来ない。 「三年間片思いだった男と、 一年間心を許し合った君と どちらが本当の恋人か、 満智子さんはまだ気づいて いないかも知れないじゃないか。 もう一度ぶつかってみるんだ。 今からでも遅くない、 ブロポーズするんだ。 それで満智子さんが、 片思いだった男を取るか、 君を取るか、決めればいいんだ」 うなだれた俊介の手からヤスリが落ちる。 そしてしばらく沈黙した後、ポツリとつぶやいた。 「そうだ・・・それからでも遅くない。 俺はまだ自分の気持ちを 満智子に伝えていなかった」 私は俊介と一緒に電話の所へ行った。 俊介は受話器をにぎったまま、まだ ためらっている様子だ。 私は頑張れという思いを込めて、 俊介の背中を軽く叩いた。 俊介は頷き、プッシュする。 何度か呼び出し音が聞こえる。 満智子さん出てくれ・・・ 今ここで彼女が出てくれれば、 俊介は立ち直れる。 「だめだ、いない。 きっと彼氏と出かけているんだろう」 俊介が溜息とともに受話器を置こうとしたとき、 「もしもし・・・」彼女が出た。 俊介は酷い出血をしている。 きっと今まで 気力だけで頑張っていたのだろう 満知子さんの声を聞いたとたん 俊介の体から一挙に力が抜ける。 膝が曲がり、床に付く。ついで腰も落ちた。 声がかすれる。 「ま・・・満智子、俺は・・・あ・・・」 とうとう俊介の全身の力が尽きた。 ドッと倒れる俊介の手から受話器が離れ、 乾いた音をたてて床に転がった。 電話の向こうで満知子さんが叫ぶ。 彼女も異変に気がついたんだろう、 「刈谷君、今からそっちに行くからね」 彼女の声とともに電話が切れた。 私は落ちた受話器を拾おうとしたが、 やはり触ることも出来なくなっていた。 受話器のことはあきらめて、 床に横たわる俊介に声をかける。 声をかけないと死んでしまう気がしたのだ。 「頑張れ、もうすぐ満智子さんが来てくれる。 君のことを心から心配している」 私の言葉がわかったのか、 俊介は口元に笑みを浮かべ、 そっと目を閉じた。 閉じられた目に涙が滲んでいる。 何もかも、きっと良くなる。 私は自分にそう言い聞かせながら 満知子さんが来るのを待った。 どれだけの時間が過ぎたのだろう。 ドアを叩く音がする。 満知子さんだ。 満知子さんがドアの向こうで ガチャガチャとノブを回している。 しまった、鍵を開けておけば良かった。 私は舌打ちしながら、ドアに向かう。 どうせ触れない。 さっき受話器で確かめたではないか。 しかし、この前の洋子さんの事件の時は触れた。 あの時ドアを押さえることが出来たのだから、 今度も・・・ そう思って、私は 「ママ、力を貸して」と言いながら ドアの鍵に手を掛けた。 カチャリと音がして確かな手ごたえとともに 鍵が開いた。 すぐさま転がり込んだ満智子さんは、 倒れている俊介の側に飛んで行く。 「きゃあ ! 何なのこの血は・・・」 部屋中血だらけで、俊介も大怪我をしている。 驚くのは当たり前だ。 「俊介さん、しっかりして、今救急車を呼ぶからね」 そう言って電話をかけようとする満智子さんを 俊介の手が止めた。 「俊介さん・・・」 満智子さんがその手を握り締める。 「俺・・・君が・・・好きだった・・・」 今にも消えそうな俊介の声、 「何 ? 聞こえないわ、何なの」 満智子さんが俊介の口元に耳を近づけた。 その時彼女の目に飛び込んできたのは、 俊介の胸に刻み込まれた無残な血文字だ。 たちまち満智子さんの目から涙があふれる。 私も覗き込んだのだが、俊介の胸には、 『満知子愛してる』 とはっきりと刻み込まれてあった。 私の記憶では、俊介は恨みをこめて 『田中満知子』 とだけいくつも刻んだはずだった。 それが不思議なことに今見ると 『満知子愛してる』 だけになっているのだ。 「ばか・・・、俊介さんのばか・・・」 満知子さんが泣き崩れる。 「嘘だったのよ・・・」 えっ 、 と私は驚く。 「う・・・そ ? 」 俊介も空ろな目をして満知子さんを見た。 「だって俊介さんたら、私の手すら 握ってくれなかったんだもの。 私がこんなに好きなのに・・・ 私俊介さんが私のことを どう思っているか知りたかったのよ。 だから、 結婚するだなんて嘘をついたの。 ごめんなさい」 こんなことになるなんて思わなかったのだろう、 満知子さんは俊介の血だらけの胸に顔を埋めて 泣き出した。 ごめんなさいを繰り返す満知子さんの髪を 俊介は微笑みながらやさしく撫でていた。 そして まだ私が見えているのだろうか、 もう片方の手で親指を立てて ウインクして見せたのだ。 good ! 声にはならなかったが、 彼は確かにそう言っていた。 〜つづく ママの店9
2006.04.30. (00:30) 小説 文学 /
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 私が写真を手にしゃがみ込むと、 トウが不思議そうな顔をした。 何しているの ? っていう顔だ。 トウは写真をいやがらないから、 つぶらな瞳がいつも可愛いく写るのだ。 写真というものは大変難しい。 ここぞ、と言う瞬間をカメラで捉えても、 シャッターを下ろした時にはもう動いてしまっている。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 (ママの店) あのね、私結婚するの・・・三年前から ・・・一昨日プロポーズされたの・・・ あなたは一番の親友だから・・・ 満智子の言葉が俺の頭の中を駆巡る。 俺はテーブルに乗せた頭を両手でかかえ、 世界の終わりが来るときは、 きっとこういう気持ちなんだと考えていた。 もっと早くプロポーズしておけば・・・ いや、彼女には三年も前から片思いの男が。 いや、いや、いや、片思いの間なら 何とか説得出来たかもしれない。 俺は何度も首を振りまくる。 今ではもう遅すぎるとわかっていても、 後悔せずにはいられないのだ。 テーブルの上にある置き鏡を引き寄せる。 鏡に映った俺の顔から死相を探す。 しかし死相はどこにもない。 死ぬような病気も持っていない。 自殺が頭を過ぎる。 失恋したから自殺 ? 馬鹿な・・・ なんで俺が死ななきゃならんのだ。 いや、嘘だ、俺は死にたい。 死にたいけれど死ねないんだ。 俺はテーブルに涙と鼻水を なすくりながら泣いていた。 自然と俺の手が茶色の箱に延びる。 中から針を一本抜き取り、 鏡を見ながら慎重に 穴から鼻骨の辺りをめがけて突き刺した。 即座に血がポタポタと落ちて ガラス机の上に丸く広がる。 昨夜も同じことをした。 あの時の快感が、 今の苦しみを和らげてくれそうで、 俺はまた馬鹿なことをやったのだが、 昨日よりも早く血は止まってしまった。 まるで俺と満智子のように あっけない終わりだった。 それから俺は狂ったように、 鼻の穴を針でブスブスと突き刺した。 すると今度は出る血の量が多すぎて、 たちまちテーブルの上から 白いカーペットの上に血がボタボタと滴り落ちる。 俺はだんだん愉快になってきた。 俺は今血を流している。 死ぬかもしれない、いや、死ぬんだ。 流れてくる血は俺の苦しみだ。 出し切ってしまえ ! うおぉ ! と喚きながら 俺はいつのまにか 上半身裸になっていた。 茶色の箱の中身をテーブルの上にバラ撒く。 転がり出た小物をかき回し、 俺は爪磨きの細いヤスリを取った。 小さな短剣のような形をしたヤスリは 先が尖っている。 俺はヤスリを持って洗面所に移動した。 大きな鏡が必要だったのだ。 洗面所の鏡に 顔を血だらけにした俺が映っている。 呆れるくらいのアホ面だ。 俺は憎しみを込めてヤスリを胸に突き立てた。 その瞬間、強烈な痛みが脳天を突き抜ける。 鼻を針で突く痛みなどと桁が違う。 しかし俺は止めない。 頭のどこかで、 ヤメロと叫んでいる声がするが、 そんな声など無視して、 指が勝手に胸の肉を切り刻んでいく。 ヤスリは俺の胸板に『田中満智子』と刻み込んだ。 しかも、それ一つだけではない。 いくつもいくつも、『田中満智子』と 刻んでいくのだ。 洗面所は血の海と化し、 俺の意識がだんだん遠くなっていく。 ・・・・・・ 「おいっ、しっかりするんだ ! 」 聞いたことのある声がする。 「ちょっと ! 何やってんのよ、しっかりしなさい」 これも聞いたことのある声だ・・・・ 「自分を取り戻せ ! 思い出すんだ、 君はその男じゃないんだぞ」 ・・・な、中田先生 ? 「そうよ、先生よ。私もここにいるわ」 その声、その声は・・・ 「ママだね」 懐かしいママの声が今はっきりと 私の耳に聞こえてきた。 〜つづく ママの店9
2006.04.29. (00:40) 小説 文学 /
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 ブチは私を見ると、ダッコしてもらおうとして飛んで来る。 年がいって、少し痩せたブチを抱くと 大事にしなくちゃと改めて思ってしまう。 生きているものに必ず訪れる死を 嫌でも受け入れなければならない時が来るのだ。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 (ママの店) 少し暗めの灯りに満ちた広い店内に、 白く丸いテーブル席が並んでいる 田舎風イタリアンレストラン。 琥珀色に染まっている白い壁に、 小さなもので葉書サイズ、 大きな物で十号くらいの、 田園風景が描かれた油絵の額が 大小交互にたくさん掛けられてある。 照明は壁に数個、あとは各テーブルに置かれた キノコのような形をした茶色いガラスの ランプの灯りだけ。 真昼間のように明るい店も 清潔そうでいいかもしれないが、 俺達はここの暗い雰囲気が気に入っていて、 一ヶ月に一回は必ず訪れる。 もっとたくさん来たいと思うが、 ここの料理はうまいが高い。 給料が入った時くらいしか来ることが出来ないのだ。 テーブルの上に置かれた小さなガラスビンには カラフルなスパイスがぎっしりと入っている。 「これはね、ただの飾りなの」 と満智子から聞いたことがある。 俺はこの飾りビンが気に入って、 同じ物を買って部屋に飾ってもいいなと ここに来るたび思うのだが 今だに買っていない。 テーブルの上のランプの炎が揺れた。 満智子が俺の顔を何か意味ありげに見つめている。 俺は目のやりばに困り、 「何か話しがあったんじゃないのか」と聞いた。 満智子は目瞼をパチパチとさせて、 ゴホンと一回空咳をした。 「えー・・・じつは」 そう言ったきり何も喋らない。 「なんだい、もったいぶらないで早く言えよ」 と俺が睨むと、 満智子はウフフと笑い、何やら意味ありげだ。 そこで話は一時ストップ。 ウエイターが ワゴンに料理を乗せてやってきた。 俺はハンバーグとイタリアンサラダに ライ麦パンが二個と コンソメスープ。 満智子は大きなエビフライが二匹乗った スパゲティと温野菜のサラダ、 それにトマトスープだ。 俺達は話も忘れて夢中で食べた。 値段が高いだけあって、 ここの料理は何を食べても美味い。 皿の中に何一つ残さず俺達はたいらげ、 ウエイターがテーブルを片付け、 食後のコーヒーを持って来た時、 「さっきの話何だったのさ」と俺は聞いた。 満智子は口の回りについたコーヒーをナプキンで 拭いながら、エヘヘと笑う。 よっぽどいいことがあったんだなと俺まで嬉しく なってくる。 「あのね、私結婚することになったの・・・」 「・・・・・」 俺は一瞬聞き間違えたのかと思い、 笑いながら、 「えっ ? よく聞こえなかった、何だって」 と聞き返した。 自分の声が震えているのがわかる。 満智子は急に真面目な顔になって、 「刈谷君にはまだ言ってなかったけど、 私三年ほど前から 片思いしていた人がいたの。 その人は私のことを妹にしか思ってないから あきらめていたんだけど、 一昨日の晩とうとう プロポーズされちゃったのよ。 もう嬉しくって・・・ だからね、このことを一番に 親友の刈谷君に伝えたかったのよ」 満智子が結婚 ? 嘘だろう・・・ 俺の耳がどうかしちまったんだ。 「一番の親友・・・? 」と俺はつぶやく。 「そうよ、あたりまえでしょうが。 刈谷君は私の親友よ」 俺にはもう満智子の声が聞こえなくなっていた。 それから後、どんな話をして店を出て、 いつ満智子と別れたのかも 俺は覚えていない。 「結婚式でスピーチ頼むわね」 満智子が別れるときに、そう言った気がする。 〜つづく ママの店9
2006.04.28. (00:07) 小説 文学 /
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 フクはさっき洗ったばかりの娘のシャツにわざとオシッコをかけた。 娘があまりシュウばかり可愛がるからヤキモチを焼いたのだ。 娘はカンカンに怒っているが、洗濯をするのはどうせ私。 娘よ、フクも寂しかったんだから許してあげなさい。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 (ママの店) 翌日仕事が終わると、俺はいつもの喫茶店で 満智子が来るのを待った。 同じ会社だし、一緒に帰ればすむものを、 わざわざこんなところで待つというのも おかしな話だが、 会社が社員同士の交際を禁止している以上 仕方が無い。 しかし、今どき社内恋愛禁止の会社なんて ウチだけだろう。 ウエイトレスが注文を聞きに来たとき、 満智子がドアから入って来た。 社内で紺のスーツを来ている時も キリッとして美しいが、 私服に着替えた彼女は、 まるで天使のように愛らしい。 白いレースのキャミソールにも負けない 色白の細い腕が、 肩にはおった淡いブルーの カーディガンからすんなりとのびている。 そして同じく白いスカートを ふわりとなびかせて、 赤いハイヒールを履いた満智子が 俺を見つけたのか、嬉しそうな顔をして 小走りに走って来る。 仕事中には後ろで束ねてねじり上げた髪を バレッタで止めているが、 今は肩までおろした栗色の髪が、 彼女の動きにあわせて揺れ動く。 椅子に座ると、 「あっ、コーヒー二つ・・・でいいわよね」 と俺の顔をうかがいながらも、 自分の好みで注文する。 そしてウエイトレスが去った後、 「ごめん、待った ? 」とリスのような クリクリとした目で俺を見る。 いつものパターンだ。 「いや・・・今来たところだよ」と俺は笑う。 彼女はいつもこの調子で 最後には、 待った ? と聞いてくるのだ。 「君は時間に正確な方だよ。 俺の友達だけど、 一時間近く待たせといて 平気な顔をしているやつがいる」 俺が笑いながらそう言うと、 彼女は目を大きく見開き、 「ウソ・・・そんな友達、 友達って言えないよ」とあきれ顔をする。 やがて 運ばれて来たコーヒーを飲みながら 俺達はどこで食事をしようか相談した。 彼女は俺に聞いてほしいことがあるらしい。 考えてみれば、 俺達は何でも話せる親友みたいな間柄だ。 俺は彼女といると気持ちが安らぐし、 彼女も俺といる時は本当に楽しそうだ。 しかし、まずいことに俺と彼女は まだデキていない。 まあ、古臭いかも知れないが、 俺は婚約するまでは手を出さない主義 ・・・というのは建前で、 正直なところ、 今までチャンスがなかったのだ。 仲が良すぎて友達のイメージが強すぎる。 ここいらが潮時だと俺は考えていた。 〜つづく ママの店9
2006.04.27. (00:00) 小説 文学 /
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 クロは二年ほど前から右目の涙が止まらなくなった。 病院で目薬をもらっているのだが、 いっこうに治らない。 まさか猫アレルギーではと思うが・・・ 猫も人間も年がいくとあちこち悪くなってくる。 1 2 3 4 5 6 7 8 (ママの店) 鼻血がポタポタと滴り落ちるのを見て、 俺は異常なまでの エクスタシーを感じていた。 うまく表現出来ないが、 それは決して生への喜びではなく、 むしろ死への甘美な憧れだ。 しかし鼻の入り口を軽く刺しただけだから、 血が止まるのも早かった。 鼻の穴の回りに血の塊をつけたまま、 俺はガラスの上で乾いていく丸い血を 未練たらしく見つめていた。 もう一度針で突こうかと考えたが、 急に恐くなり、やめた。 俺は消毒をしに洗面所に行き、 薄めたオキシドールで消毒をして、 軟膏を穴の回りにすり込んだ。 メンソールが鼻腔を刺激して涙が出る。 とても爽やかな涙だ。 しかし、こんなことは異常すぎる。 もう二度とやめておこうと俺は思った。 それよりも、そろそろ腹が減ってきた。 冷蔵庫を見ると、 ハムや玉葱、卵があったので、 ご飯を炊いてオムレツを作って食べた。 俺は入社と同時に親元を離れ、 一人暮らしをしている。 もともと料理が好きだったので、 外食はせず、ほとんど自炊だ。 だから料理は得意なのだ。 買い物は日曜に一週間分を、 近所のスーパーで買っておけばすむ。 電話が鳴った。 満智子からだ。 「もしもし、刈谷君・・・ 今日はだいぶ調子が悪そうだったけど 大丈夫 ? 」 満智子が気遣ってくれている。 「あぁ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」 と言うと、満智子は 「そう、良かったわ」と明るい声になった。 「ねえ、明日晩御飯一緒に食べない ? 」 そういえばこのところ満智子と まともにデートもしていなかったことを 思い出し、俺は即座にOKした。 その後満智子と二十分ほど職場での愚痴を 言い合い、電話を切った。 満智子と付き合ってもうすぐ一年になる。 お互いに結婚のことは 口にしたことはなかったけれど、 何でも話し合えるいい関係だった。 しかし、会社は社内恋愛を禁じており、 俺達は社内ではあまり目立って 話したりはしていなかったのだ。 もう、そろそろ結婚の話だけでも しておいたほうがいいかも知れないな・・・ と俺は思った。 〜つづく ママの店9
2006.04.26. (00:00) 小説 文学 /
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 カリンはチャコママが大好きだ。 チャコママは擬似ママだけど、 ナナの代わりに本当のママになった。 1 2 3 4 5 6 7 (ママの店) このままじっと座っていても仕方が無い。 私は机の上に積み上げられた書類の中から 顧客データーのファイルを抜き取った。 上から順番に目を通していく。 土地と建物のアルファ、 川中建設、 桐生微生物研究所、 井戸物産・・・ ・・・・・・・ ざっと目を通しただけで八十個はある。 みんな我が社の製品を レンタルしてくれているお得意様だ。 新製品のカタログを届けがてらに 商談をまとめる。 それが俺の仕事・・・あれ ? 俺 ?・・・私は俺なんて言ったっけ・・・ まあいい、 とにかく一つでも契約を増やさないと あのハゲにまたどやされる。 電話だ・・・受話器を取り、 相手方の番号を押そうとした時、 いきなり指が震え始め、 あっという間に全身に広がった。 胸が苦しい、息がつまる・・・ 薬・・・薬・・・ 俺は背広の内ポケットから やっとの思いで薬袋を取り出した。 これさえ飲めば気分が落ち着く。 俺はガタガタと手を震わせながら 錠剤を二個飲み込んだ。 そして椅子にもたれ、 発作がおさまるのを待った。 俺はやっぱり給料ドロボーか、 結局その日は仕事を何もせず、 時間通りに退社した。 あきれるくらいスムーズに 足が俺を運んで行く。 会社から出て電車に乗り、 一時間もかからず自宅に着いた。 十階建てのきれいなマンション。 俺の部屋は最上階のワンルームで 家賃は五万八千円。 ベランダからの見晴らしもいい。 部屋はオールフローリングで 中央がリビング兼寝室、 右横にシステムキッチンと バス、トイレがある。 部屋のカラーは ホワイトを基調にしているからか、 少し殺風景な感じだ。 リビングには楕円形で毛足の長い白い絨毯、 その上に透明ガラスのテーブルが置かれている。 俺はいつもそこに座り、 正面にあるテレビを見たり、 その横にあるオーディオセットを 楽しんだりしているのだ。 着ていた服をベッドの上に脱ぎ捨て、 まずシャワー室に直行。 べつに汗をかいたわけでもないのだが、 頭から全身熱めの湯をあびると 気分がすっきりした。 シャワー室の戸棚にあった バスロープをはおり、 そのまま机の前に足を投げ出して座った。 ホッとするひと時だ。 ざっと部屋を見回す。 俺はこんなに綺麗好きだったろうか、 散らかった形跡がない。 まるでモデルルームのように整頓されている。 テーブルの上に置き鏡がある。 覗いて見ると 何か自分ではないような気がしたが、 これといって違和感もない。 じっと見ているうちに、今日あったことが いろいろ思い出される。 さっきまでの爽快感が嘘のように、 ズウーンと重い気持ちに変わった。 その時鏡の横に 茶色の箱があるのに気がついた。 確かそれには 爪切りとか、耳掻きなどが入っている。 俺の手が自然とその箱に行く。 箱は二段になっており、 下はソーイングセットだ。 俺は迷わず針山から針を一本抜き取り、 しばらくそれを見つめていると、 突然針で鼻をつっついてみたくなった。 鏡を見ながら用心深く針を 鼻の穴に持って行く。 奥に入れるのはさすがに恐いので、 入り口付近にプチッと針を突き刺した。 その途端透明なガラスのテーブルの上に ポタポタと 真っ赤な鮮血がしたたり落ちる。 何をアホなことを・・・ と一瞬頭を過ぎったが、 すぐにうっとりとする快感に 包まれていく自分を感じていた。 〜つづく ママの店9
2006.04.25. (00:15) 小説 文学 /
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 カリンとシマジロウは兄妹だ。 小さな箱に入るのが大好きなのはわかるが、 何も二匹一緒に 入ることはなかろうにと思う。 シマジロウの上に必ずカリンが乗る。 こうして並んでいる時でも、 カリンはシマジロウをグイグイ押している。 でも、シマジロウが 全然怒らないところを見ると、 カリンのことが気に入っているのだ。 1 2 3 4 5 6 (ママの店) 「いいか、よく聞け。多分今から君は あの男と同化する。 これから先は我々にはどうすることも出来ない。 君が自分であの男と戦わなければならないんだ。 忘れるな、君はあの男ではないんだ。 どんなことがあってもだ。いいな・・・」 中田先生の声が次第に遠ざかって行く。 「このウスノロめ、お前のドジのせいで 大口の契約がパーになった。 よく覚えておけ、お前のようなやつを 給料ドロボーと言うんだ」 いつの間にか私は 眩しい白い光の中に立っていた。 誰だか知らないが、 さっきから喚いている。 「おいっ、聞いてるのか ! 」 その声で私は我に返った。 ここはどこだ・・・ 目の前にスチール製の机があり、 積みあがった書類が見える。 それから少しづつ辺りの景色も 見えてきた。 どうやらここは どこかの会社のオフィスらしい。 辺りを見回すと、 沢山の社員が黙々と自分のデスクに向かって 仕事をしている。 「おい、何をキョロキョロしている」 今私の目の前にいるハゲでデブの中年男が、 さっきからずっと喚いていた張本人らしい。 中年男は真っ赤な顔で唾を撒き散らし、 ガミガミと私に向かって怒鳴りまくっている。 「どうしてお前は 約束の時間に行かなかったんだ ? 先方はカンカンだ、 契約はなかったことにしてくれと 言ってきた。 いったいどこで油を売ってたんだ ! 」 何で私がこんなオッサンに 怒鳴られないといけないんだと思った時、 午後に大口の契約を取りに行く 約束があったことを思い出した。 嘘だろう・・・私はサラリーマンではない。 私はまだ学生なんだ。 それなのに記憶は私のものと 全く違うものにすり替えられている。 いきなり、クソッという言葉が 出そうになり、私は慌てて 両手で口を押さえた。 中年男の顔色が変わる。 「オイ、今何か言ったか ? 」 私は慌てて、 「すみませんでした以後十分反省の上、 向上を目指します」と頭を下げてごまかした。 こういう時はひたすら謝るに限るのだ。 上司は機嫌を直し、 「まあ今回だけは大目に見るが、 名誉挽回出来るような契約を バーンと取って来い」 と言って私を解放してくれた。 私は何が何だかわからぬまま、自分の机に戻った。 自分の机 ? 不思議なことに、 足が勝手に自分の机に歩いて行った。 机の上に積み上げられた書類は、 契約を結んでくれそうな客のリストだ。 今から一軒一軒電話で当たって、 これはいけると思ったらアポを取る。 私は企業向け設備機器のレンタル 会社に勤めている。 設備機器の内容は、 クーラーや空気清浄機などの空調類と コピー機、パソコン、スキャナ、ファックス などだ。 この会社に勤めてもう五年になる・・・のか。 よくもまあ、次から次へと 思い出せるものだが、 これはいったい誰の記憶だ ? 私は自分が自分でなくなっていく 不安に襲われた。 本当の私はどこの誰だっけ・・・ 思い出そうとすると、何かが邪魔をする。 書類を前にして私は頭を抱え込んでしまった。 「刈谷(かりや)君・・・」 いつのまにそこにいたのか、 女性が私の顔を 心配そうに覗き込んでいている。 「あ・・・田中さん、 大丈夫、ちょっと疲れてるだけなんだ。 ありがとう」 私の口からスラスラと 彼女の名前が出て来る。 私は刈谷俊介(かりやしゅんすけ)で、 彼女の名前は田中満智子。 私達は将来を約束している恋人同士なのだ。 〜つづく ママの店9
2006.04.24. (00:48) 小説 文学 /
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 カスガの鼻の縦傷はまだ痛そうだが、 本人はもう忘れてケロッとしている。 人間じゃあるまいし痛いと言ったところで 誰も同情してくれないことを、 猫達は知っているのだ。 猫の爪は凶器だ。私も今日クロめに 指をブスッとやられてしまった。 1 2 3 4 5 (ママの店) 今私が着ている上着は、 胸元に黄緑とピンクのグラデーションで good fortune と描いてある 青いトレーナーだ。 その青が見る間に黒く変わっていく。 あきらかに多量の出血が 起こっていることを示しているのだ。 印字の部分は防水性があるのか、 そこだけが色変わりせず 鮮やかに浮き出ており、 よりいっそう凄惨さをかもし出している。 「上着を脱いだほうがいい」と中田先生が言う。 しかしあまりにも傷の痛みが激しく、 自分で脱げないので、 中田先生とママに 二人がかりで脱がせてもらった。 「これは酷い・・・」 むき出しになった上半身を見て、 中田先生が唸る。 隣でママが両手で自分の鼻と口を覆った。 痛みに堪え、首を曲げて胸を見ると、 何か鋭く尖ったもので、 皮膚にびっしり字を刻んだ跡があった。 治りかけてる傷もあるが、 生々しい切り口からは血が滴り落ちている。 「これ、ぜんぶ人の名前よ・・・」 ママが私の胸を覗き込み、眉をひそめる。 「ああ・・・そうみたいだ」 中田先生が吐き出すように言った。 「消毒しなきゃ、薬もいるわね」 とママが慌て出すのを中田先生が止めた。 「そんなことをしても無駄だ。 この傷が浮き上がってきたのは、 さっきの男がまだ体の中にいるからだ。 早く出してしまわないと、また意識を 持っていかれてしまうぞ」 私の体の中にもう一人別な人間が 入っている・・・ 私はこの上も無く不愉快になってきた。 「おい、中にいるお前、早く出て行け ! 」 私は傷の痛みを堪えて喚いた。 「いかん、相手を刺激するな ! 」 中田先生が止めた時はすでに遅く、 男が私の言葉に反応し、 体内で動き始めたらしい。 〜つづく ママの店9
2006.04.23. (00:47) 小説 文学 /
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 あれほど仲むつまじかったシュウとカスガが 大喧嘩をした。喧嘩というよりカスガが一方的に やられたのだが、可哀相にカスガの鼻が切れてしまった。 何があったのか人間にはわからない。 とりあえず一発シュウにゲンコをおみまいして、 カスガを保護した。 1 2 3 4 (ママの店) 「しっかりしろ・・・」 誰かが私を呼ぶ声がする。 ばらばらになっていた意識が 少しづつ戻って来るのがわかった。 遠いところから帰って来たような、 疲労と安堵の感慨に包まれて 目を開けると、そこには 私を心配そうに覗き込んでいる 中田先生とママがいた。 頬が熱を帯びてピリピリと痛む。 思わず手をやると、 「あら、ちょっと強く叩きすぎたかしら」 とママがクスッと笑う。 痛いよ、と言おうとしたが意識がまた 薄れていく・・・ 「しっかりしろ、自分を取り戻すんだ ! 」 中田先生の声で我に返ると、 私は自分が床に寝ていることに気がついた。 体を起こそうとすると目が回る。 「無理しないの、 しばらく横になっていなさい」 ママがやさしく言ってくれた。 私はママが やさしい言葉をかけてくれるだけで 癒されるのだ。 あの男・・・そうだ、思い出した。 あの男はどうしたんだろう。 さっきまで血だらけの男が そこに座っていた。 私はカウンターを指差し、 「あそこに座っていた男はどこに行ったの」 と聞いた。 ママと中田先生が顔を見合す。 ママが溜息をついて横を向いたので、 「私から話そう」と中田先生が言った。 「君はあの男を 体の中に吸い込んでしまったんだ」 私には先生の言っていることがわからない。 「と言っても君には何のことかさっぱり わからんだろうな」と中田先生。 もちろん私は頷いた。 「あの男は孤独だった。 誰かが一緒にいてくれることを 死ぬほど乞うていたんだ。 あの男には自傷癖があってな、 今回は深く傷をつけすぎて 死線を彷徨い、こちらにやって来た。 専門の医師ですら相手するのが難しいのに、 素人が安易に やさしい言葉をかけたりしては いけないんだ。 良太を連れ出す時に、 私が戻って来るまで絶対に話しかけちゃ いけないってママに言っといたんだが」 中田先生が困ったもんだという顔でママを見る。 ママは口を尖らせ、 「だって、見てられなかったんだもん」 と不機嫌そうに言う。 「ママ、今度から絶対ダメだよ。 ママのせいでこの青年が 消えてしまうところだったんだ。 死んでここに来るならまだいいが、 二度と再び会うことが出来なくなったら どうするんだ 」 中田先生の厳しい口調に、 ママは叱られた子供のように しょんぼりとうなだれる。 「わかったわよ・・・ごめんなさい」 私は慌てて、 「帰って来れたんだからもういいよ」 と慰めた。 その時いきなり私の胸がカッと熱くなり、 強烈な痛みが脳天を突き抜けた。 悲鳴をあげて転げまわる私を、 ママと中田先生が押さえる。 「どうしたんだ ! 」 先生が言った瞬間ママが叫び声をあげた。、 「胸、胸から血が・・・」 ママの声が震えている。 〜つづく ママの店9
2006.04.22. (00:40) 小説 文学 /
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 シュウはやっぱり可愛い。 多少潔癖性で自己中だとしても、 シュウの場合は何をしても絵になってしまう。 私がカメラでシュウばかりを撮っていると、 他の猫達が白けた顔をして見ていた。 1 2 3 (ママの店) さっき見た男の血の色に、 少しづつ私の視界が侵食されてゆく。 いつの間にか 男の泣く声が途切れ、 無音の恐怖が襲いかかって来た。 私は今、地面を遠く離れ、 空中でゆっくりと回転している 暗黒であるべき世界が こんなに明るいのは、 無数に光る星のせいだ。 私はたった一人で 無限の宇宙に放り出されたことを知る。 寂しい・・・誰かに会いたい。 何かを掴もうと延ばした両手に 触れるものは何も無かった。 このまま 一人ぼっちに耐えろと言うのなら、 いっそ死んでしまいたい・・・ いや、ひょっとしたら もう死んでいるのかも知れない。 死んでいることを期待して、 脈を探ろうと手首を握ったら、 濡れているのか、ぬるぬるしている。 ギョッとして手を見ると、 手首の中心から 血がドクドクと吹き出していた。 叫ばずにはいられなかった。 しかし、 獣のような声をあげたはずなのに、 何も聞こえない。 喋ることの出来ない口は、 ただの穴に成り果てた。 両手を高く上げ、 声無き叫びをあげると、 いささか粘り気を帯びた生暖かい血が 腕から肩を伝い、 首から胸、顎の方まで伸びてくる。 その頃になると私は、 もはや理性の限界が来ていることを 悟らねばならなかった。 〜つづく ママの店9
2006.04.21. (00:10) 小説 文学 /
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 いよいよ夜の湯たんぽが無くなった。 夜中はちょっと寒いかもしれないけど、みんなで かたまって寝れば温かいだろう。 さあ飲め〜お休み前の牛乳タイムだ。 1 2 (ママの店) 「まあ、つまり彼岸とはこっちの世界への 入り口と考えればいいのさ」 と中田先生が言い終わると同時に、 カラ〜ンコロンと軽やかな音をたてて ドアが開いた。 「ただいま、ちょっと買い物してて 遅くなっちゃった」 ママが帰って来た。 お帰りなさいと言おうとした時、 ママの後ろから男がいきなり 滑り込むように店の中に入って来た。 男は何やら落ち着かない様子で カウンターに腰掛ける。 ママが良太君に気がつき、 中田先生に目で合図すると、 先生は良太君の手を引き、 ママと何やら言葉を交わし ドアを開けて出て行った。 ママはドアのところに立ったまま じっと男を見つめている。 男の様子はあきらかに変だった。 年の頃は二十代の中頃、黒っぽい背広を着た サラリーマンといったところか。 カウンターの上に肘をついて、両手を見ながら 何やらブツブツとつぶやいている。 ママが男の側に近寄って行ったので、 私はママの側にピッタリと くっつくようにして座った。 「その手の血はどうしたの ? 」 とママが静かに話しかける。 私は初めて男の手のひらが 血だらけなのに気がついた。 この男・・・人でも殺してきたか・・・ と思わず身構えたが、 ママは目で私を止めた。 そして男の耳元で、 「自分でやったのね・・・」とささやいた。 男が視線を手から自分の胸に移す。 白いカッターシャツの胸元に ポツッと赤黒い染みが浮かび上がり、 やがてその染みが胸全体に広がっていく。 男は目を大きく見開き、 眉を寄せ、口を開けたまま 驚嘆の表情をして ママを見上げた。 男の目は水分を失い、 まるで干物にされた魚の目のようだ。 「いっぱい泣いたのね、 目がカラカラになってるわ・・・」 ママの手がやさしく男の頬を包むと、 みるみるうちに男の目に涙が溢れた。 ママの両手の中にうなだれるように 顔を埋めた男の背中が、 小刻みに震える。 小さな嗚咽がだんだん大きな泣き声に変わり、 やがて号泣が店の中に響き渡っていった。 自分を傷つけたのか・・・ 私は何とも言いようのない 暗い気分になった。 〜つづく ママの店9
2006.04.20. (00:25) 小説 文学 /
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 我が家の猫達は人見知りをする。 部屋に知らない人が入って来たりすると、 蜘蛛の子を散らすがごとく 姿を隠す。 そしてブチとチャーだけは いつも逃げ遅れる。 頭だけどこかに突っ込み、 お尻だけが出ている。 「うっわ、可愛い・・・」 その姿を見て客人が誤解する。 そしてあろうことか 触ろうとするのだ。 私がダメ ! と言わなかったら 客人は引っかかれ、 悲鳴をあげて逃げ出すだろう。 でも、私は思うのだ。 客人よ、見てわからんか ? 頭を隠していると言うことは、 恐がっているということだ。 そりゃ、触ればかかれるにきまっとる。 1 (ママの店) 私が考え込んでいる間に、 中田先生と良太君の話がどんどん進んでいる。 「ところで良太、ワンコとはどこで知り合った ? 」 中田先生がワンコを両手で持ち上げながら聞いた。 ワンコは嬉しいのか、 長い舌を出してハッハッと息をはずませている。 「それはおいらがこっちの世界に来て 間もない時のことだった」 良太君は、ちょっと偉そうな顔をして 話し出す。 「おいらは浜辺で目が覚めた」 浜辺 ? 私とゴンの出会いも浜辺だった。 「誰かがおいらの顔をペロペロ舐めている。 おいらがいくら払いのけても 舐めまくって離れねえんだ。 そこでおいらはヤメロ ! って一喝してやった。 それでそいつが犬だってわかったんだ。 それがワンコとの出会いだ」 「良太君もあそこでワンコに出会ったのか」 と私がビックリしたように言うと、 良太君は怪訝な顔をして 「お兄さんも誰かと浜辺で会ったの ? 」 と聞いてきた。 「ああ、私はあっちの世界で死に別れた 猫と再会したんだ」 へえ・・・そうなんだ・・・と良太君も 不思議そうな顔をしている。 中田先生が話しの中に入って来た。 「ひょっとしたら、海岸が あっちの世界とこっちの世界の 境界線なのかも知れないな・・・ ほら、彼岸って言うじやないか」 彼岸・・・ああ、そう言えばそういう言葉を 聞いたことがある。 「ひがん ? 何それ」と良太君が中田先生に聞く。 先生はテーブルの上で両肘をつき、 合わせた両手を鼻に当てて 目をパチパチとさせている。 どう言おうかと考えているようだったが、 やがて小首を傾げ、人差し指を一本立てて ゆっくりと説明し始めた。 「良太もワンコも、その猫もみんなもう 死んでるんだけど、 誰かに会いたいっていう気持ちが お互いを引き会わせたんだ。 猫は君に可愛がられていたんだから、 当然君の側に来る。 良太の場合は・・・ つまり、両方が寂しかったんだな。 良太は生きている時、喘息持ちだったから 犬など飼えなかったよな、 だけどいつも心の中で 犬を飼ってみたいと思っていたんじゃないか ? 」 中田先生に聞かれて良太君は頷く。 「な、そうだろう。 ワンコは多分飼い主だった 人間を恋しがっていたんだろうよ。 その二つの心が お互いを引き会わせたってわけだ」 そうだったんだ・・・と私も良太君も納得した。 でも、その時私はアレッ ? と思った。 その話は何処かで聞いたことがある。 思い出した・・・ 私は中田先生を軽く睨んだ。 「ちょっと、先生 ! そりゃママが この前言ってた言葉じゃないさ」 ばれたか・・・と言って中田先生は笑い 頭を掻いた。 あの時中田先生はママに、 会いたいと思えば必ず会えるものなのよと 諭された。 そのお陰で良太君と再会出来たのだ。 「なあんだ・・・ あのおばさんから聞いたのか」 良太君が笑うと中田先生も笑い出した。 〜つづく ママの店9
2006.04.19. (00:51) 小説 文学 /
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 在りし日のゴンちゃん・・・ 今はママの店がある昭日町(あけびまち)で 私と暮らしている。 「 ママの店9」のトップ画面、自分でやっておきながら 驚いた。恐い ! もちろん加工処理はしたものの、自分の口だと思うと 何か複雑怪奇な気持ちになった。 口唇とはこうも不気味になるものだろうか・・・ (ママの店) 昭日町(あけびまち)の自宅にいた。 机の上には 何も書いていない 原稿用紙が乗っている。 明日提出しないといけないのだが、 何を書けばいいのかわからなくて さっきから溜息ばかりついている。 私はもう考えるのをやめた。 いくら考えても 書けないときは書けないのだ。 「なあ、ゴンそうだろ」 膝の上でゴンが気持ち良さそうに寝ている。 首の回りを掻いてやると、 喉をゴロゴロ鳴らし始めた。 灰色で短めの毛、精悍な顔は、 お世辞にも可愛いとは言えない。 そう言えばゴンは、 子供の頃からこんな顔だった。 ゴンを見た人は皆同じことを言う。 「大きい猫だねえ」 「恐い ! 」 「日本の猫じゃないね」 要するにゴンは可愛くないのだ。 でも、それは誤解だ。 ゴンほど賢くて可愛い猫はいない。 しばらくゴンをなでていたが、 急に外に出かけたくなった。 私はゴンを籠の中に寝かせ、 お気に入りのブルーのコートを羽織り 外に出た。 今日もいい天気だ。 空は青く澄み切って、小鳥達が 群れをなして飛んで行く。 海岸に出ようか、町に出ようかと迷った挙句、 私の足はやっぱりママの店に向いていた。 店の中に入ると、カウンターに 中田先生と良太君が座っている。 良太君はまた子犬を連れていた。 「こにちは」と私が二人に挨拶をすると、 先生は「ヨオッ ! 」と片手を挙げ、 良太君は恥ずかしそうにニッと笑う。 「可愛い子犬だねえ、何て名前なの」 と私。 「こいつ、ワンコって言うんだ」 良太君が人差し指で鼻の下を擦りながら 照れくさそうに答えた。 「犬だからワンコか・・・ なんだ、そのままじゃないか」 中田先生が突っ込みを入れる。 私が笑うと先生も良太君も笑い出す。 店の中が一気に明るくなったようだ。 しかし、何か足りない・・・ 私はママがいないことに今頃気がついた。 「先生、ママどこに行ったの ? 」 と聞くと、先生は首を傾げて 「さあ・・・私らが来た時から留守なんだよ。 買い物でも行ったんじゃないかな」 買い物・・・? それは変だ。 ママが一人で買い物になんて行くわけがない。 (つづく)
2006.04.18. (00:20) 小説 文学 /
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 シマジロウは悪い子だ。最近ナナを苛めるようになった。 今日もいきなりナナを追いかけ噛み付いた。 止めに入った時はすでに遅く、 シマジロウの口にはナナからむしり取った大量の毛が 挟まっていた。 思えばシマジロウは生まれた時一番最後で、 あまりに体毛が多かった為、ゴミと間違われ ほんの少しの間だったけど、 オッパイももらえず放置されていた。 そのことをずっと根に持っていたのだろうか・・・ ( ママの店9) (ママの店9 番外編) 私は今回の洋子さんの事件について、 少しママに聞いてみたいことがあった。 ママは今カウンターの中で 客が使ったカップを洗っている。 鼻歌が聞こえてくるところを見ると、 だいぶ機嫌がいいようだ。 「ママ、ちょっと聞きたいことが あるんだけど」 ママは額にかいた汗を、 タオルで拭いながら私の方を見た。 「なに ? 」 「あのさ、洋子さん事件のことなんだけど」 私は話しを切り出した。 「ママは見ていたかどうか わかんないんだけどさ、 道雄はいつから真人間にもどっていたのかな。 あの女の部屋に出向いた時は まだ洋子さん母子を 殺そうと考えていたんだよね」 私はあの時いきなり道雄が善に帰り、 自滅への道を選んだことが驚きだった。 ママの顔から少しだけ笑いが消えた。 「あの人・・・道雄さんはね、 洋子さんと母親との板ばさみで、 心が疲れていたの。 そんな弱い心の隙間に あの女がつけこんだのね。 あの女は男を垂らしこむ素質があるの。 ああいうのを毒婦と言ってね、 真面目な男ほど、 そういう危険な匂いがする女に 惚れ込むものなのよ。 道雄さんは女の言いなりになって 殺す気はなかったけれど、 遊びのつもりで 洋子さんに薬を沢山飲ませたの」 私はたちまち気分が悪くなる。 「ちょっと待ってよ。 道雄は洋子さんに 通常の三倍量の安定剤を 飲ませていたんだよ。 殺す気満々じゃないさ」 安定剤は劇薬だ。 道雄のしたことは 遊びでは片付けられないのだ。 ママが薄ら笑いを浮かべる。 「そんな量で死にゃしないわよ。 医者が軽いノイローゼと診断しているのよ。 軽い安定剤に決まってるでしょうが。 強いパニックを起こす患者の場合、 もっと強い薬を出すの。 洋子さん達がもらった薬なんて、 一回に、四錠くらい飲まないと 効きゃあしないわよ」 よ、四錠も・・・私は驚いた。 「それじゃ、道雄は洋子さん達を どうこうする 気はなかったってこと ? 」 ママはあたりまえでしょと言う様な 顔をして頷く。 「道雄はラブホで女に、 子供まで殺せと言われた時、 我に返ったのよ。 だから道雄はその時黙ったの。 思い出しなさいよ、 あんたもあの時期待したじゃない、 道雄が我に返るのを。 我に返ってたのよ、道雄は。 だけど、その時は女の手前何も言えなかった。 だから、もうこんなことをやめようと言いに 女のアパートに行こうとしていたのよ」 そうか・・・そうだったんだ。 私は心の中にあったモヤモヤが 一気に消えていく気がしていた。 (つづく)
2006.04.17. (00:16) 小説 文学 /
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 シュウは我が家の猫達の中で少しだけ浮いている。 それは他の皆とちょっとばかし違っているからだ。 まずは、ものすごい綺麗好きであるということ。 シュウはトイレを大変綺麗に使用する。 もちろん砂を飛ばしたりしない。 そしていつもピンクのハート形クッションを 枕に愛用しているのだが、 ほとんど汚さない。 カスガがもしクッションを汚したら、 即座に新しい物に替えてくれと 目で訴えてくる。 綺麗好きということは、神経質ということだ。 他の猫達からはだいぶ鬱陶しく思われている。 本当に沢山の猫と暮らしていると、 猫にもそれぞれ個性があるのだと わかってくるから不思議だ。 嬉しい顔、悲しい顔、不機嫌な顔、 泣いている顔、怒っている顔、 笑っている顔・・・ 人間と変わらない。 (続ママの店)は修正編集をして( ママの店9)としてHP上にUPしました。 そちらのほうが読みやすいので、ご覧ください。 「ママの店」は本日お休みです。 明日からまた開店しますので、 皆様のお出でを心よりお待ち申しております。 店主 敬白
2006.04.16. (00:36) 小説 文学 /
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 クロは写真を撮られるのが苦手だ。 いつもカメラを向けると、プイッと顔を背ける。 長く粘ると逃げてしまうし、本当にやりにくい。 ところが今日はいい顔に撮れた。 こうして見るとなかなか男前じゃないか。 ママの店8 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 (続ママの店) 「ママどうしよう、私がドアを押さえたから あの女の人が死ぬことになった・・・」 私は自分のしたことが恐ろしかった。 ドアが開かないとわかった時に 女が見せたあの表情、 あの絶望感漂う目の色が 私の脳裏に焼き付いて離れない。 「しっかりしなさい、あの女の正体を見たでしょ ? 男を食い殺す蜘蛛だなんて言ってたけど、 とんでもないわ、本物の化け物よ」 たしかにママの言う通りだ。 道雄の体に絡みついた女は、 蜘蛛なんかではなくむしろ蛇だった。 ママは真剣な目をして話しを続ける。 「前に私があんたに言ったこと覚えているかな、 悪い因子を持って生まれてきた者は、 いくら生まれ変わっても悪のままなの。 同情はいらないわ。 それに、生かしておいたら洋子さんと子供を 殺していたかもしれないわよ」 何度生まれ変わっても悪いことをする・・・ それじゃ、そういう悪いやつを 生まれ変わらせなかったら いいじゃないか。 ママと私がコンビを組めば最強だ、 少しでも悪い因子が生まれるのを食い止める ことが出来るはず。 「ママ、私達には 生まれてきた子供が 悪い因子を持っているかどうかを 見極める力はないの ? 」 自分でもわかったが、 私の顔はやる気満々だったに違いない。 でもママは何も言わず、 さっきからずっと 私を見つめているだけだ。 やがてポツリと 「表があるから裏があるのよ」と言った。 ママの言葉がわからない。 どういう意味 ? と私が聞くと、 ママはまた変なことを言った。 「悪魔がいるから神様がいるの」 ますますわからない。 でもママはきっと、 大切な話をしようとしているのだ。 ママの話が続く。 「世の中に悪があるから善が生まれるのよ。 もし、悪いものが何も無かったら、 善と言う言葉すらないの。 神様がいれば、悪魔も存在する。 と言うより、神様と悪魔は 同じものかも知れないわね」 ママはなんという恐ろしいことを 言い出すのだと、 正直私はびっくりした。 信仰心の強い人が聞いたら 怒るだけではすみそうもない。 唖然とする私を尻目に、 ママは笑いながら 「あんた、神様がいるって信じているの ? 」 と聞いた。 「いや、べつに私は・・・」 私は曖昧な返事をしてしまい後悔したが、 ママは全然気にしていないようで、 それどころか、 むしろとても嬉しそうな顔をしている。 この顔はママが私に バツゲームをさせる時の顔だ・・・ 「話はちょっと変わるけど、 もし悪い因子を持って 生まれてきた子だとわかったら、 あんたどうするの ? 相手は赤ん坊よ」 「そんなこと考えたこともないよ。 赤ちゃんはみんな天使みたいに 無邪気で可愛い・・・ あっ、なんだそういうことか」 ママが意地悪く笑みを浮かべている。 「ね、わかったでしょ・・・ 赤ちゃんが悪い因子を持っているか どうかなんて 知っちゃいけないことなのよ」 何か途中で話をすり替えられた気がする。 ママが本当に言いたかったのは 何んだったんだろう・・・ 今更聞こうにも聞けなくなった。 そんな私の心を知ってか知らずか、 ママの目は私の体を通り抜けて、 遥か彼方を見ているようだった。
2006.04.15. (00:05) 小説 文学 /
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 我が家の猫達の中で、トウが一番小さい。 まるで子猫のように見えるが、 シュウやチャーと同じく八歳になる。 食事の量も一番少なかったのが、最近 他の猫並みに食すようになってきた。 トウは、玉葱の皮で遊ぶのが好きだ。 噛むとシャクシャク音がするのが おもしろいのかも知れないが、 玉葱は猫や犬にとって毒になる。 メッと言って取り上げると、大きな目を ウルウルさせて悲しい顔になってしまった。 ママの店8 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 (続ママの店) 気がつくとママの店に戻っていた。 多分私はゲッソリとやつれ、 真っ青な顔をしていたに違いない。 ママが心配そうに私の顔を覗き込む。 「で、どうだった ・・・ 感想を言ってごらんよ」 えっ 、 感想 なの ? と私はガッカリした。 大変だったわね、ご苦労様・・・って 労わってくれると思ってたのに。 しかし、ママにそんなこと 期待するのが間違っているのカモ。 でもねえ・・・感想ったって、 そりやもう恐ろしい以外の何物でもない。 「怖かったよ」 私がボソッとそれだけ言うと、 ママは眉間に皺をよせて いきなり不機嫌になった。 「あのねえ、そうじゃなくって、 洋子さんが姑さん達に言った言葉とか、 道雄さんが最後にとった行動とか それについてあんたが どう思ったか聞きたいのよ」 何だそんなことかと思ったが、 私には心配なことが一つあった。 洋子さんがノイローゼになった原因は姑だ。 孫は可愛くても、洋子さんのことまで 大切に思うだろうか。 そりゃあ今は息子のことで ショックを受けているが、 ほとぼりが冷めたら、 どうなるかだ。 「洋子さんは家庭の暖かさを 知らないで育ったから、 道雄さんと結婚したことを とても喜んでいたよ。 たとえ亭主が浮気して、 邪魔になった自分と子供を 殺そうとしていたことがわかってもね、 自分が至らなかったから こんなことになったんだ、 なんて 自分を悪者にしてさ、 可哀相だよ。 それに、洋子さんは 家を出て行くって言ってたけど、 赤ん坊を抱えて女が一人 生きていくのは大変だ。 せっかく念願の家庭を持てたのに、 みんなあの姑と道雄が悪いんだ。 幸い舅さんはいい人みたいだから、 一緒に仲良く暮らすのが一番いいんだけど あの姑さんと仲良く出来るのかが疑問だ」 私が心配そうに言うと、 「洋子さんは子供を姑さんに預けて 亡くなった道雄さんの代わりに、 舅さんの会社を手伝えばいいのよ。 私がそうなるように、 いろいろ手をまわしておいたから、 きっとうまくいくわ」 ママは自慢げな顔をした。 「手をまわしたって、 また夢にでも出てやったの ? 」 と私はただ聞いただけなのに、 夢と言われるのがしゃくに障るのか、 ママはまた不機嫌な顔になる。 「夢だからどうだって言うのよ。 そもそも今回の事件が解決したのは 夢の中の住人である私達のお陰なのよ。 あんたもいろいろ手伝ってあげたじゃない、 ほら、あのドアのことも・・・」 ママが意味ありげな顔をした。 あのドアのことも・・・ あのドアのことも・・・ その最後の言葉が私の頭の中に コダマする。 頭がクラクラして目が回りだす。 本当だったんだ、 やっぱりあのドアを押さえたのは私だ。 私は殺人に加担した・・・ (〜つづく)
2006.04.14. (00:25) 小説 文学 /
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 カスガはシュウの側にさえいれば安心みたいだ。 散歩したり、探検したり、もちろんトイレも別だが、 いつの間にかこうして一緒にいる。 もうすぐ湯たんぽがなくなるが、 湯たんぽがなくなってもシュウがいるから きっと暖かいだろうな。 ママの店8 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 (続ママの店) 「これを見ろ ! 俺は多額の保険金を掛けられて 焼き殺されるところだったんだ」 保険金と聞いて道雄の顔色が変わる。 男は唸るように低い声で話を続けた。 「夜中俺が寝ている間に、 こいつは家に火をつけた。 俺は命だけは助かったが、 この醜い火傷の痕は一生消えない。 それなのにこの女は、 俺に暴力を振るわれていた為の 思い詰めた犯行だと嘘を言い、 執行猶予になりやがった。 こんな酷いことをしておいて 刑務所にも入らず、 それどころか ドメスティックバイオレンスの 犠牲者をよそおって、 世間の同情を集めたんだ。 そんなことも知らないで俺は、 やっと社会復帰が出来るという時に、 いわれの無い汚名を 着せられていることを知らされた。 俺の身内も俺を疑っていたくらいだから、 会社がそれを理由に 俺をリストラのリストに載せたのは 無理もないことだろう。 二十年間勤めた会社を こいつの嘘の為に クビになったんだ。 かと言って再就職も出来ゃしないのさ。 この顔じゃなあ・・・ 見てみろ」 男は顔半分に掛かっていた髪を手で持ち 上げた。 体に残った傷よりも深く、 右半分の顔の皮膚は一度溶けて よじれたまま固まっていた。 うっ、 あまりの酷さに 私は思わず吐きそうになり口を押さえる。 女も顔をそむけたが、 道雄は黙って男の顔を見つめていた。 「おい、あんた。 あんたも俺みたいになりたくなかったら、 その女と手を切れ」 男が道雄にそう言うと、 女がいきなりケタケタと笑いだした。 「何がおかしいんだ・・・」 男が気色ばむ。 女は笑いながら道雄の肩に両腕を回し、 パックリと裂けた真っ赤な口から 細い舌を出し、目を細めて 道雄の耳たぶを舐めた。 女が着ている黄色いセーターと 黒い皮のスカート、 そして真っ赤な唇・・・ それらの色のコントラストが 凄まじく不吉な予感をかもし出し、 私の目には、 まるで大きな毒蛇が 今まさに道雄を飲み込もうと しているかのように見えた。 「ザーンネンでした、この人も私と同類なの。 この人の奥さんは近々子供と心中することに なってるのよ。 その計画を立てたのは私と コ・ノ・ヒ・ト」 男は苦々しく顔を歪め、床に唾を吐き捨てた。 「最低だな・・・お前」 勝ち誇ったように笑う女を背中に、 道雄は情けない顔をして立っていた。 自分がしようとしていた罪の重さを 目の前の男が教えてくれたのだ。 道雄は女にかけられていた呪いが 今解けたような気分になっていた。 目が覚めたのだ。 「俺は自分が許せない・・・」 ウオーという叫び声をあげながら、 道雄は男に突進して行った。 男は思わずナイフを構える。 そして道雄は自ら胸を ナイフに突き刺して行った。 「な・・・何をする・・・」 男は驚き、道雄を抱きかかえる。 閉じられた道雄の瞼から、 スーッと涙がこぼれ落ちた。 薄れていく意識の中で、 今道雄は、洋子さんと靖男に こころから詫びているんだと 私は感じていた。 「畜生 ! 」 女は自分だけでも逃げようとドアに手を延ばす。 ゴラァー待て ! 私は逃がすものかとドアを押さえに飛び掛る。 どうせ触ることも出来ないのだとわかっていても、 そうしなくてはいられなかったのだ。 ところが、驚いたことに私の手はしっかりと ドアを押さえていた。 鉄で出来たドアの冷たさを感じることが出来る。 女が狂ったようにドアのノブを回すが、 ドアはびくともしなかった。 女の背後に男の影が忍び寄る。 あれほど勝ち誇った顔をしていた女の顔が 惨めに歪み、 許しを乞うかのような顔でゆっくりと後ろを振り返る。 そこには男がナイフを握り締めて立っていた。 「許して・・・ 」 女は最後まで喋らせてもらえなかった。 「地獄で謝れ・・・」 男が女の胸からゆっくりとナイフを引き抜くと、 胸の真中から血を吹き上げて、 女は声も上げず床に崩れていった。 男はしばらく、血の海の中で 横たわっている女を眺めていたが、 道雄と女の血を吸ったナイフで 自分の喉を切り裂いた。 血飛沫が天井まで上がる。 床も壁も血だらけだ。 惨劇の部屋に転がる 三つの死体を見ながら、 私は呆然と立っていた。 ひょっとして、私も 殺人に手を貸したのでは・・・ そう思うと いても立ってもおられない。 「ママ、どうしよう・・・」 私が涙声で言うと 「あんたは何もしていないわ。 その人達は自業自得なの、 自分達で殺しあって死んだのよ。 だからもう、早く戻っていらっしゃい」 ママの声が聞こえてきた。 (〜つづく)
2006.04.13. (00:15) 小説 文学 /
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 倉庫を掃除していたら、 センサーで動くイルカが出てきた。 さっそく電池を入れてスイッチON ! 妙な音楽にあわせて クネクネ動くイルカを睨むカリン。 この写真を写した直後、 猫パ〜ンチ ! 倒れたイルカはまだ音楽にあわせて クネクネと動いている。 カリンは興味がなくなったのか、 どこかに行ってしまった。 ママの店8 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 (続ママの店) うわっ ! これは大変だ、このままでは女が殺される。 何とかしなくてはと焦ったが、 私にはどうすることも出来ない。 その時いきなり 来客を知らせるチャイムが鳴った。 男の顔に緊張が走る。 「静かにしろ ! 」 男はナイフを女の首筋に当てる。 しかし女は怯えるどころか ゲラゲラと笑いだした。 その振動で刃先が首に食い込み、 ツゥーと血がしたたり落ちる。 男は驚き思わずナイフを引っ込めた。 女の笑い声がいっそう大きくなる。 「何がおかしいんだ・・・」 男の声が震えているのがわかる。 「何を怯えているのさ、 血が怖いのかい ? あんた私を殺しに来たんじゃなかったの」 女は意地悪い顔で視線をドアに移し、 「来たのは多分あの人だわ・・・ 鍵を持ってるのよ。 私が出なかったら勝手に開けるわ。 そういう仲なのよ私達・・・」 女は意味ありげな笑いを浮かべて男を見る。 「くそっ・・・」 男が唸ると同時に、 外から鍵を開けようとする 気配が伝わってきた。 「おい、今日は都合が悪いと言え。 妙なことを口走ったら二人とも 殺るぞ・・・」 男は女にもう一度ナイフを向ける。 女は煩そうに手でそれを払いのけ、 ドアを開けに行く。 女がドアを開けると、外に男が立っていた。 「なんだ、いたのか。出て来ないから 留守だと思ったよ。 約束の時間よりちょっと早かったな」 道雄だ・・・ 「いいえ、早く来てくれて助かったわ」 女はそう言って部屋の中を振り返る。 私の横で男の肩がピクッと動くのがわかった。 うわっ ! 男はいきなりナイフを振りかざし 二人に突進して行った。 「な、何者だあんたは ! 」 道雄はヒョイと男をかわすと、 守りの姿勢を取った。 空振りしたナイフを握りなおし、 男が怒鳴る。 「どけっ、俺はこの女を殺すんだ」 道雄は女を庇うように前に出た。 「道雄さん、この男は私の前の亭主よ。 ストーカーされていたの。 あなたに心配かけたくなかったから、 言わなかったんだけど、とうとう 家の中にまで入って来ちゃった」 道雄の背中で女が怯えた声を出す。 しかしその顔は怯えるどころか笑っている。 真っ赤な口が耳まで裂けているではないか。 化け物・・・ 私は心臓が凍りつきそうな恐怖を覚えた。 女が道雄の背中にしがみつく。 「なんだと、嘘を言うな、 俺はお前に人生をメチャクチャにされたんだ。 オイ 、そこのあんた その女に騙されるな。 そいつは蜘蛛だ 自分の巣に男を誘い込み、 毒を注入して動けなくしてから 食う化け物だ」 そう叫ぶと男はいきなり着ていた 黒いシャンパーを脱ぎ捨てた。 そして、その下に着ているセーターを まくり上げると、 そこには見るも無惨な全身ケロイドの痕が・・・ (〜つづく)
2006.04.12. (22:40) 小説 文学 /
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 またまたシュウが怪我をした。 夕食を作っていた時、ものすごい悲鳴。 我が家の猫達と人間が一時騒然となり、 何事かと飛んで行けば、 シュウが部屋の隅で 目をウルウルさせてうずくまっている。 どこを傷めたのかわからないので、 とりあえず検査した。 後ろ右足からひどい出血だ。 そう言えば悲鳴が上がった瞬間、 カリンが飛んで逃げた気がする。 犯人はカリン・・・? しかし現場を見たわけじゃないから 怒ることも出来ない。 消毒をして薬を塗ってあげると血も止まり、 いつもカメラ目線のシュウちゃんが、 ボクはもう大丈夫だよと言うように、 こんなポーズをしてくれた。 ママの店8 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 (続ママの店) いきなり視界がグニャリと歪み、 私は二十四色のクレパスを 粉々に砕いて出来たかと思われる、 色彩の渦の中に飲み込まれていた。 色の組み合わせは目まぐるしく変わり、 まるで、万華鏡の筒の中に 放り込まれたかのような感覚だ。 ここはどこなんだ・・・ 私は必死に考えた。 この世界は色彩が粉々になって 出来た竜巻の中なのか・・・ いや、そうじゃない・・・ その時私の頭の中で 一つの仮説が成り立った。 たとえばこれは、 考えられない速度で景色が、 変わって行っているのではないだろうか。 私は今、別の場所に 移動しようとしている・・・ 意識がなくなりかけていたのか、 気がつくと私はどこかの部屋にいた。 タンス、ベッド、カーペット、カーテン 部屋にあるほとんどの物が ピンクで統一されている。 よく見ればぬいぐるみなども置かれていて、 どうやら女性の部屋のようだ・・・ いや、男性の部屋かも知れない。 私はこの前の事件、 海原先生のことを思い出した。 世の中にはいろいろな趣味の人がいる。 いずれにしても派手すぎて 落ち着かない部屋であることは事実だ。 「お前のおかげで俺の人生は メチャクチャになった」 うわっ ! いきなりの声で、 私の心臓がバクバクと言い出す。 怒気を含んだ声だ。 声がした方に目をやると、 痩せた体に青白い顔色をした男が いつの間にかベッドの横に立っている。 誰もいないと思っていた部屋に、 いきなりヒトが現れた。 それは多分次元の歪のせいだ。 男の顔に見覚えは無かったが、 これまたいつの間に出現したのか、 ベッドの端に腰をおろして足を組み、 タバコをふかしている女がいる。 その女の顔には覚えがあった。 道雄の浮気相手だ・・・ 女は真っ赤な唇に毒のある笑いを浮かべ、 煙を吐き出しながらつぶやいた。 「で・・・私をどうしようって言うのよ」 「お前を殺して俺も死ぬ」 男の右手にはナイフが光っていた。 (〜つづく)
2006.04.11. (00:54) 小説 文学 /
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 今日は大阪城まで自転車で花見に行った。 桜は満開で今が見ごろ、しかも日曜ときたから ものすごい人出だ。 お弁当を食べる場所を確保するのも難しい。 一昨年は父と一緒にお弁当を食べた。 今年は父の写真と一緒だ。 やっといい場所をみつけて 桜を見ながらお弁当を食べた。 美味しかった・・・ 帰る時トイレに行こうと思ったが、 これまた長蛇の列。 あきらめて家に帰ったが、 私達がのんびり花見なんぞしている間に、 我が家では戦争が勃発していたらしい。 先に家に入った長女が悲鳴をあげた。 襖がはずれ、そこいらじゅう猫の毛だらけ・・・ 私は真っ先にエビを見に行ったが、 幸いにもエビは無事だった。 どうやらチャオとフクが喧嘩になり、 またナナが間に入ったらしい。 抜けた毛の色がその時の状況を物語る。 長い道のりを自転車での行き帰り、 そうとう疲れていたのに、 大掃除になった。 ママの店8 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 (続ママの店) 自分の息子を警察に・・・ この人は本当に立派な親だと 私は感心した。 こんな父親から何で道雄のような バカが生まれたのか不思議だ。 きっと母親に似たんだろう。 その時洋子さんは首を横に振り、 舅の手を握りながら 「お父さん、私は道雄さんを恨んではいません」 と言った。 そして、 「むしろ私が至らなかったから、 道雄さんが怖い女に 引っかかってしまったんだと思っています」 洋子さん、そりゃいいふうに考えすぎ・・・ と私は思ったが、 彼女は道雄の実態を知らないから無理もない。 舅は苦虫を噛み潰したような顔で 激しく首を振り、 「いいや、あいつの性根は腐っている。 あんただけでなく、 孫まで手にかけようとするなんて わしは、あいつをもう 息子とは思うとりません」 「お舅さんそんな・・・」 しかし舅は洋子さんの言葉を遮り、 「わしは孫が可愛い、 家内もその気持ちは同じです。 家内はあんたに辛く当たったことを 今更だが、悔いているでしょう。 本当は道雄を殺し、 わしら夫婦も死んでしまいたい。 でも、それでは 残されたあんたと靖男がかわいそうだ。 あんたは小さい時に親御さんを亡くしている。 わしはあんたを本当の娘だと思ってきたよ。 生きてあんた達母子を見守ってやりたいんじゃ」 舅はそう言い終わると畳に頭をこすりつけ、 すまなかったと洋子さんに詫びた。 一人息子が嫁と孫を殺そうと図っている。 親の心の苦しみがわかるのか、 洋子さんは泣きながら舅の手を取り、 「お舅さん、顔を上げてください。 私と靖男のことを それほど思ってくださっていたなんて・・・」 洋子さんは今、 嬉しくて泣いているに違いないと 私は思った。 洋子さんが静かな声で話しだす。 「お舅さんもご存知の通り、 私は三つの時に両親を亡くし、 施設で育ちました。 道雄さんと結婚して、靖男が生まれ、 やっとこれで私も人並みに 暖かい家庭が持てたんだと・・・」 洋子さんは一瞬声を詰まらせたが、 「本当に嬉しかった・・・」と後を続けた。 そしてキラキラと涙で光る目で舅を見つめ、 「私は靖男と一緒に出て行きます」 と言ったのだ。 洋子さん、何を言い出す・・・ 私は一瞬我が耳を疑った。 舅も驚いた顔をしている。 「私達さえいなくなれば道雄さんは自由です。 もう誰も殺さなくてすみます。 この子の父親を犯罪者になんかしたくない」 その時、 いつの間に戻っていたのか姑が、 私をすり抜けて 転げるように洋子さんの側に行きすがりつく。 「洋子さん許して・・・ みんな私が悪かったのよ。 今更何を言っても遅いんだけど、 お願いだから許してちょうだい。 私があんたを苦しめて、 道雄の心も歪めてしまったのよ」 姑は畳に頭を擦り付け、 泣きながら謝り続けた。 洋子さんはやさしく、 「お姑さん・・・どうかもう、 それ以上あやまらないで。 さっきお舅さんに申し上げたんですが、 私は靖男と家を出るつもりです」 と、もう一度言った。 姑は涙と鼻水を垂らしながら、 悲しい目をして洋子さんを見あげる。 舅も膝の上に載せた両手の拳を握り締め、 小刻みに体を震わせて泣いている。 何故なんだ、何でこんなことになる・・・ ママ、なんとかならないの ! 思わず私は叫んでいた。
2006.04.10. (00:44) 小説 文学 /
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 我が家には不思議な猫が二匹いる。 十四年前に亡くなった母と 仕草が似ているナナと、 オカアサンと(はっきり発音して) 叫ぶクロだ。 ナナはともかく、 猫の鳴き声は人間の赤ん坊にも 似ていると言うから、 クロの場合もそう聞こえるだけかも しれない。 しかし、私にしか オカアサンと言わないのは何故だろう。 ママの店8 1 2 3 4 5 6 7 8 9 (続ママの店) 舅は赤ん坊をベビーベッドに寝かせ、 下に降りて行く。 もちろん私もついて行く。 玄関に洋子さんが立っていた。 「お舅さん、実はお話したいことがあるんです」 洋子さんは半分涙ぐんではいるが、 しっかりとした口調だ。 舅はうなずき、 「上に行こう。靖男を寝かせているから」 と言い、洋子さんを二階に上げた。 部屋に入った洋子さんは、 ベッドで寝ている赤ん坊の顔を、 さも愛しそうに覗き込んだあとで、 膝をそろえて舅の前に座った。 「お舅さん。私と靖男を助けてください」 洋子さんがそう切り出すと、 舅は一瞬目を丸くして 驚いたようだったが、 「それは・・・ いったいどういうことだい ? 」 と穏やかな声で聞いた。 洋子さんは自分が飲まされている 薬の量が多すぎることや、 靖男を窓から投げようなんて 絶対していないことと、 その時の状況を 細かく説明していった。 舅は最後まで黙って聞いていたが、 やがて落ち着いた声で、 「洋子さん。つまり、 道雄が浮気相手の女とグルになって あんたと靖男の命を 狙っていると言うんだな」 と言った。 洋子さんは涙を堪えながら頷く。 舅は言おうか言うまいか しばらく迷っているようだったが、 とうとう決心したのか 重い口を開いた。 「わしは知っていたんだ」 洋子さんは、はっとした顔で舅を見る。 「わしは見たんじゃよ。道雄が変な女と ホテルから出て来るのをな」 それを聞いた洋子さんの目から、 涙が一気にあふれ出す。 ここに至っても彼女はまだ心の隅で、 夫を信じていたかったのに違いない。 舅の表情から洋子さんを気遣う気持ちが 伝わってくるが、 これだけはどうしても 話さなくてはならないと 思ったのだろう。 舅の話は続く。 「わしはあいつの素行を調べる為に 興信所に依頼した。 それで解ったことは、 あいつは性質の悪い女に ひっかかって いるということじゃ。 その女には前科があるそうな。 前の夫に多額の保険を掛けて、 自殺に見せかけて殺そうとしたらしい。 しかしその時は未遂に終わり、 懲役もさほど食らわなかったそうじゃ。 刑期を終えてシャバに舞い戻ってから、 バーの雇われママになったらしい。 その店に道雄が通い出して、 普通の仲じゃなくなったという話しじゃ」 洋子さんは下を向き黙ったままだ。 肩が小さく震えている。 舅は哀れみをこめた目で洋子さんを見て、 「わしは家内に 夕べそのことを話したんじゃ」 と言った。 洋子さんはびっくりして、 涙で濡れた目で舅を見る。 「家内はそんなこと嘘だと喚きよったが、 証拠の写真を見せてやると 急に泣き出してなあ・・・ しばらく一人になりたいと言うから、 今妹のところへ行かせているよ」 そこで舅は目を閉じ、 腹の底から搾り出すような声で 「わしは洋子さんのしたい通りに してくれてかまわないと思っている。 警察に行くなら・・・ わしが 証人としてついて行くよ」と言った。 (・・・続く)
2006.04.09. (00:45) 小説 文学 /
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