
シュウは名前を呼ぶとヒョイと振り向く。
機嫌のいいときはゴロンと寝っ転がり、
じつに可愛い顔をしてくれる。
気が向かなければまあ、お愛想的に応えるだけのものだが、
返事をしてくれるだけでもいいとしなければならない。
別荘電子出版「短編集 闇の中の住人」1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 「ママの店」
けいこ・・・母親はけいこちゃんを引き寄せた。
出来るものならもう別れなくてもすむように、
その思いはその場にいる誰しもの心だった。
私と中田先生の視線がママに向けられる。
「ちょっと、何で私を見ているの ?
それじゃまるで私の一存で
すべてが決まるみたいじゃない」
ママが困った顔になる。
「そうではないのですか ? 」
中田先生がニヤニヤ笑っている。
ママは少し不機嫌な顔をして首を横に振った。
「それが出来れば私だってそうしているわよ」
ママの言葉は嘘を言っているようには思えなかった。
やっぱりママにも出来ないことがあるのだ。
私が溜息をつくと、母親が、
やさしい目をしてけいこちゃんに語りかけた。
「あのね、ママはまだ死ぬときがきていないの。
生きれるだけ生きて
人の役に立つことをしていれば、
必ず一緒に暮らせるときがくるわ。
だから・・・」
後の言葉が震えながら消えてゆき、
深い嗚咽の声に変わっていく。
けいこちゃんをかき抱き、泣いている彼女を見て、
何もしてあげられない自分にイライラし始めていたとき、
ふと、目の前に座っている
けいこちゃんの様子がおかしいのに気がついた。
子供らしいふっくらとした可愛い顔が、
青白い炎につつまれている。
その炎は決して熱をおびてはいない。
むしろ氷のような冷たさを湛えている。
いやよ・・・
けいこちゃんがボソッとつぶやいた。
母親は驚き、
抱いていた腕を緩め、けいこちゃんの顔を見る。
「どうしたの、何か言った ?
よく聞こえなかったけど」
けいこちゃんは冷たい微笑みを口元に浮かべ、
「いやって言ったのよ。ママがチネばいいのよ。
けいこはもう一人はいやよ。 ねえ、チンでよ」
まるで機械が喋っているかのような淡々とした言葉だ。
「だからね、それは・・・」
母親の口をけいこちゃんはちいさな手のひらで覆った。
「けいこちゃん、ママの言う通りなのよ。
人は誰しも決められた命を生きなきゃならないの」
ママが間に割って入り、けいこちゃんを諭すように言ったが、
けいこちゃんはゾッとするような憎しみの目をママに向けた。
け・い・こ・ちやん ?
何か良くないことが起こりそう・・・
私の今までの経験が警告を発している。
しかし、今から見ようとしているものが
どんなに恐ろしいものであるか、
その瞬間はまだ予想すら出来なかった。
不思議なことに
けいこちゃんの体は母親から離れ、
後退しながら斜めに
天井へと向かってせり上がっていく。
フロア中央、床からの高さ
三メートルくらいの位置で止まった
けいこちゃんの顔色は、青から赤に変わり、
破裂しそうなほど頬っぺたが膨れ上がり、
その圧力で眼球が前に飛び出しかけている。
頭頂部にテラテラと光る亀裂が走りはじめたとき、
「やめなさい ! 」
ママの鋭い声が私の鼓膜を貫通した。
中田先生が口を半開きにした
驚愕の表情でけいこちゃんを見上げ、
ソファーから腰を浮かし、
後ろ手で自分の体を必死に支えている。
私は抵抗出来ない強い力に引き寄せられて、
血だらけのモンスターと化しつつある
けいこちゃんの真下に突っ立っていた。
「豊、逃げるのよ ! 」
ママの大声で我に返った私はかろうじて一歩後ずさる。
けいこちゃんの頭は今や完全に真ん中から割れ、
噴出した血で顔面を真っ赤に染めている。
もぎ取られたようにブラブラしている両腕は、
数本の血管と神経とで、
肩から離れてしまうのを食い止めている状態だ。
〜つづく
ホームページ上に今までの分を
「ママの店13」としてアップしましたので、ご覧ください。
(ママの店12前編) (ママの店12後編)その他の作品紹介
2006.08.15. (00:08)
小説 文学 /
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