
ナナはお風呂に興味があるらしく、こちらが入っていると
カリカリとドアを掻いて中に入れてくれと要求する。
で、浴室に入れてやるとバスタブに前足を掛けて中の湯を
じいーっと覗き込んでいるので、
一緒に入りたいのかと思い抱き上げるとジタバタ暴れて抵抗する。
どうやら湯には入りたくなくて、見ていたいだけのようだ。
ナナの顔を見ていると、
まるで記憶喪失になった人の顔を見ているようで、
不思議な気持ちになってくるときがある。
とくに、何かに興味を示しているときのナナの目つきが変だ。
前世というものがもしあるのならナナは人間だったのかもしれないな。
「ママの店15」 1 2 3夢の中の彷徨い人・・・
それじゃ私と同じじゃないか。
そう思うと何となく親しみが湧いてくる。
さっきまでの腹立たしさも消えて、
今では彼女の不安がよくわかる。
「ちょっと、そこの人 !
何をさっきからジロジロと見てるのよ。
何か文句でもあるの」
ソファーの方から鋭い声が飛んできた。
彼女が怖い顔で私を睨みつけている。
うひゃ、すこぶる機嫌が悪いや。
私は首をすくめて横を向いた。
さっきまで彼女の態度に
むかっ腹を立てていたくせに、
今では反撃する気が全く失せている。
「お待たせしましたココアです」
ママが彼女の前にカップを置く。
今頃気がついたのだが、店中に
ココアのいい香りが漂っている。
「いい匂い・・・」恵子ちゃんが言った。
ソファーの彼女も匂いに気がついたのか、
怪訝な顔をして
カップを鼻もとに持っていく。
「あら、ココアの香りがするわ」
当たり前だろココアなんだからと
笑いそうになったが、
多分彼女は今まで夢の中で匂いや味を
感じたことがなかったんだろう。
彼女はそろそろとカップに口をつける。
「美味しい・・・」
ぱっと彼女の顔が明るくなった。
「ごゆっくりなさってください」
ママはやさしい声でそう言って
私達のところに戻って来た。
何か訳アリだね、と私が小声で言うと、
ママは憂いを含んだ寂しげな笑みを
口元に浮かべて頷いた。
「もう少し様子を見てから、
何があったのか聞いてみよう。
お節介かもしれないが、
ここに来るということは、
誰かに何かを
聞いてもらいたがっているんだ」
中田先生がつぶやくように言った。
「えーと・・・どこまで話してたかなあ」
良太君の声だ。
「あ、ワンコのことでしゅ」
良太君はさっきの続きとばかりに、
恵子ちゃんにまたワンコの話を始めた。
犬山さんとリリーさんはいつの間にか
この前買ったテーブルの話をしていて、
そこに涼子さんも加わって、
テーブル色が地味すぎないかとかの
意見を言い合っている。
私と中田先生は黙ってコーヒを飲み、
ママが食器を洗っているのを眺めていた。
〜つづく
(ママの店12前編) (ママの店12後編)(ママの店13) (ママの店14) ブログに書き溜めたものをアレンジしておりますが、
暴力シーンやグロテスクな表現が含まれておりますので
ご注意ください。
電子出版「短編集 闇の中の住人」
2006.10.13. (00:56)
小説 文学 /
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