
・・・前回までのお話・・・
1 2 3 45 6 7 8 9 10「えっ、あいつなの?」
ママは暗い目をして頷いた。
ママは、この店にくる客のことを、何でも知っているのだ。
「あの人はね・・・」
ママがアボカド野郎に聞こえないように、
小声でドアの向こうにいる人達の話を始めた。
「ほらあの青いジャンパーを着た人、
あの人は家電メーカーに雇われている
修理屋さんなの。
真面目な人でね、朝早くから夜遅くまで
テレビやビデオの出張修理をしていたわ。
それがある夏の日、運が悪かったとしか
言いようのない出来事が起ったの。
夜になっても三十度を割らない
熱帯夜が続いていて、
寝不足になっていたのよね、
いつもなら客のどんな質問にでも
笑顔で丁寧に応えるように努めていたんだけど、
そのときは疲れていて
ちょっとした言葉使いで客を怒らせてしまったのよ」
「そうか、その客ってのがあいつだったんだね」
私はチラッとカウンターを見た。
その通りと言うように、ママは頷き、話しを続けた。
「ほら、腹を立てたら
すぐに社長を出せって喚く人がいるでしょ、
あの人は正にソレ。怒り出したら最後、
自分の気がすむまでトコトンやるの。
修理屋さんは土下座までして謝ったけど
許して貰えなかった。
結局は彼の会社の上司まで家に呼びつけて、
お前の会社は社員に対する教育がなっていないって
何時間も説教し続けたのよ」
「ひえー、普通そこまでやる?」
「ええ、トコトンやらないと気が済まない人なのね。
まあ、それで彼はクビになっちゃったってわけ。
会社にしてみれば
修理屋の代わりなんていくらでもあるから、
痛くも痒くもないんでしょうけれど、
辞めさせられた人はたまったもんじゃないわ。
なかなか次の職って見つからないものなのね、
失業保険もいつまでも貰えないし、
たちまち家のローンと子供の学費に困った奥さんは
ノイローゼになって入院。
その入院代も払えない自分に絶望して
彼は首を吊って自殺を図ったの。
今親族の援助を受けて集中治療室にいるけど、
もうすぐこっちの人になるかもね」
「じゃあ、もうすぐこの店の中に入ってくるってこと?」
「そうね」
ママは暗い目をして頷いた。
「あのウエイトレスさんはね・・・」
ママは時々カウンターの方を気にしながら、
一層声のトーンを落とし、
掠れて消えそうな声で
話をウエイトレスの格好をした若い女性に移した。
彼女もジリジリと焼ける音が聞こえてきそうなほどに、
恨みのこもった熱い視線をあいつに向けている。
「ファミリーレストランに勤めていたんだけど、
あの日は日曜日で
店は家族連れの客でいっぱいだった。
きっと忙しすぎて頭がボーッとしていたのよね、
一人できていた客の注文を
調理場に通すのを忘れてしまったの。
その客ってのが、あの人だったから
大変なことになったのよ」
〜つづく
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2008.03.08. (19:08)
小説 文学 /
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