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改訂版 「ママの店」
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「昌子、俺が見えるのか?」
「うん、見えるよ、
お父さん・・・会いたかった」
抱き合って喜ぶ父と娘を残して、
私達は奥のソファーに腰を下ろしにいった。
「中田先生、あなたってすごいお医者様ね、
あの子の心まで治しちゃった」
ママが尊敬の眼差しで先生を見ている。
「そんなに大袈裟に言われたら
何か恥ずかしいな・・・」
先生は頭をかき、しかし犬山さんも
可哀相だなと話しを続けた。
「なまじ娘さんに会ったりしたから、
これからが辛いでしょうねえ・・・
死んだ者と生きている者が会えるのは
夢の中でしかない。しかし、夢は
思うようになりません。
いつまたあの子がここにくるのやら・・・」
「いや、案外私みたいに
何度もくるかも知れないよ。昌子さんどころか、
奥さんや下の娘さんもきたりして」
先生の言い方があまりにも現実的だったので、
私はつとめて明るくそう言った。
でも、ママはスッと笑って首を横に振る。
「アンタは特別よ。普通の人はそんなに都合よく
同じ夢を見たりしないものなの。
犬山さん、きっとこれから毎日
娘さんがくるのを待つようになるわね」
「そうですね、昌子さんは今日お父さんに会えて
自分の心を伝えることが出来たから、
もうここにくる理由がなくなったかも・・・」
ママと先生の会話を聞きながら、
ぼんやり犬山さん父娘を見ていた私は、
あっ!と小さく叫んでしまっていた。
昌子さんの姿がだんだん薄くなってきている。
「あの子、目覚めようとしているんだわ」
昌子さんの体は薄くなるにつれて、
天に帰るかのように上昇していく。
「昌子!お母さんと良子を頼むぞっ」
犬山さんが泣きながら叫んでいる。
「お父さん、また会えるかな」
その言葉を最後にフッと昌子さんは消えた。
流れ出る涙を拭おうともせず、
いつまでも昌子さんの消えていった方向を
見つめている犬山さんの側にママがいき、
肩を抱くようにしてこちらに連れてきた。
犬山さん大丈夫ですか?
と先生が聞くと――
「ありがとうございます、私は大丈夫です。
これでもう昌子については
何も思い残すことがありません。
でも、私は妻や下の娘の良子にも
話したいことがたくさんある。
それに、私の為に苦しんだ人達にも
お詫びしなくてはなりませんからね、
泣いてなんかおられませんよ。
どうすればいいか、
これからゆっくり考えます。
時間はたくさんありますからね、
何せ私は死んだんですから・・・」
寂しそうに微笑む犬山さんに、
一杯やりませんかと先生が誘った。
「そうよ、そうよ飲みましょう、
四人でパーッとやりましょうよ」
ママの一声で私達はカウンターに移動した。
目が覚めた昌子さんは、
お父さんの夢を見たことを
お母さんや妹に話すのだろうかと私は思った。
でも、口に出すのはやめにした。
そんなことを詮索してもしょうがない。
生きている人と死んだ人とは、
住む世界が違うのだから。けれど、
その二つの世界を繋ぐものが必ずある。
それはお互いを思う心だと、
私はまた一つ勉強をした。
〜つづく
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改訂版「ママの店」
前回までのお話・・・
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「いいえ多分我々とは、ないでしょうね」
私は犬山さんを見た。犬山さんは
手の甲に歯を当てて咽び泣いている。
「昌子さん・・・でしたね、
私は医者の中田です。
医者といっても小児科ですが」
先生が挨拶をすると、
昌子さんはニッコリ笑って頭を下げた。
「今日はどちらへいかれたんですか?
その帰りか途中に、
ここへ寄られたんですよね」
先生に言われて昌子さんは
ちょっと考えているようだったが――
「父に用事があったんですが・・・
あれ?おかしいな、
私何処へいこうとしていたんだろう」
犬山さんが涙に濡れた眼差しを
娘に向けている。私はまた胸が痛くなった。
ママもパチパチと目をしばたかせていて、
涙がこぼれるのを我慢している。
「ねえ本心を話してみませんか、
今は夢の中なんですから」
先生が落ち着いた声で昌子さんに話しかけた。
「あなたには何か悩みごとがあるはずですよ、
たとえばお父様に関することとかで・・・」
お父様と聞いたとたん、
昌子さんの顔が強張るのがわかった。
「あなた・・何が言いたいわけ?」
真っ白な顔はもう微笑んではいない。
しかし先生は彼女が顔色を
変えたことなんて全然気づいてないらしく、
まだ話を続けている。
「あなたはさっき、どうしてここに
きたのかなって思いましたよね、
それはここにあなたのお父様が
いらっしゃるからなんですよ。
あなたはお父様に引き寄せられた・・・・」
「えっ?」
昌子さんはサッと立ち上がり、
キョロキョロと店内を見回す。
犬山さんは、さっきあれほど
娘と話したがっていたのに、
いきなり机の下に隠れてしまった。
「ちょっと、父が
何処にいるって言うのよ!」
立ったまま先生を見下ろして
叫ぶ昌子さん、たちまち店内の空気が
ピーンと張り詰めた。
何でここまで取り乱す?
ビックリしたのは私だけではなく
先生もオロオロした顔で
昌子さんを見上げている。
まあまあまあとママが立って止めに入ったが、
昌子さんはママの手を振り払った。
そして唇を震わせ、なおも先生に
詰め寄る態度を見せたので
先生も座っておられず立ち上がる。
「いいかげんなことを言わないで!
父は死んだって言ってるでしょ、
電車に・・・ひっ、轢かれたのよ」
ヒステリックに喚きたてる昌子さんは、
完全に錯乱しているようだ。
先生もここまで彼女が取り乱すとは
思っていなかったのだろう、
驚きが顔に現れている。
「昌子さん興奮しないで落ち着いて頂戴。
お父さんがここにいるのは本当なのよ、
さっきからずっと心配そうに
あなたを見ているわ」
ママがそっと腕をつかむと、
昌子さんはやっと冷静さを取り戻したようだ。
崩れるようにソファーに沈み込み、
両手で顔を覆って泣き出した。
犬山さんが机の下からモゾモゾと出てくる。
やがてソファーに腰を落ち着けた先生が、
またもや昌子さんに話しかけた。
「お父様はあなたがこの店に入ってきたとき、
すぐにあなたの側に飛んでいったんですよ。
あなたには見えていなかったようだが・・・。
あなたには何故お父様だけ見えないのか
考えてみました。ひょっとしてあなたは、
お父様に会うのが怖いのではないかな?
たとえば、自分が死ねと思ったから
死んでしまったと・・・思い込んでいる」
また錯乱されたら困るので、
先生は出来るだけ静かに話していたが、
「その通りよ、私が悪かったのよ!」
突然昌子さんが顔を上げて
また絶叫し始めた。
「でも、もう遅いのよ、
ごめんなさいって言えないよ。
お父さん死んじゃったんだもん」
全身をブルブル震わせて
泣いている昌子さんを見て、
私は彼女の心の傷の深さを知った。
ママも先生も困った顔で
黙り込んでしまったが――
「もうヤメロ!やめてくれっ、
昌子を責めないでやってくれ。
俺の行いが悪かったんだ、
昌子が悪いんじゃないっ。俺が、
俺が悪かったんだ!嫌われてあたりまえだ、
顔も見たくないはずだ。
もう俺を見てくれなくていい・・・
昌子が幸せでありさえすれば
俺は、俺はそれでいい」
いきなり犬山さんが半狂乱になって
先生にしがみついた。そのとき――
「お父・・・さん・・・?」
昌子さんが立ち上がり、
信じられないと言った顔で
犬山さんを見つめている。
「お父様が見えたんだね」
先生は優しく昌子さんに声をかけると、
スッと側から離れた。
「お父さん!」
犬山さんの胸に昌子さんが飛びついた。
〜つづく
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何か馬鹿にされているような
気がしないでもないが、
まあ褒められたとしておこう。
名誉挽回なるかとちょっと気持ちが
ハイになりかけていたとき――
「あのぉー」
カウンターの昌子さんが、
こちらを向いて声をかけてきた。
皆の視線が犬山さんにいく。
「昌子、こっちにおいで」
満面に笑みを浮かべ、犬山さんは
手招きして彼女を呼んでいる。
「だからぁ、聞こえないって!」
私がいくら言っても
昌子さんのことしか頭にない
犬山さんの耳には入らない。
「あなたも良かったらこっちに
いらっしゃいな。今携帯のことを
この人に聞いていた所よ」
ママが私をチラッと見てからそう言うと、
昌子さんは嬉しそうに頷いた。
我が娘(こ)が近づいてくるのを、
犬山さんは優しい顔で見守っている。
彼女はママの隣に座り、
その右横にあるソファーには先生、
テーブルをはさんで向かい側が
私と犬山さんだ。
「昌子、お父さんだよ」
犬山さんが声をかけ、
昌子さんを愛おしそうに見つめている。
「えっと・・・初めまして。
私、犬山昌子と申します」
そう言って軽く頭を下げた後――
「帰るの遅くなっちゃって
妹に連絡したいんですが、これ、
変なんです。壊れてるみたい」
昌子さんは犬山さんを無視して、
携帯を持っている私に話しかけてきた。
しょんぼりとして寂しげな
犬山さんの顔が胸に痛い。
「あのね、昌子さん・・・
この携帯は壊れてなんかいないよ」
私は犬山さんの様子をチラチラ見ながら
昌子さんにそう言った。
「えっ、でも数字がバラバラに
なっちゃって」
私は首を横に振り――
「いやいや、君は意識していないかも
知れないけど今夢を見ているんだよ。
夢の中ってホラ、いろんなことが
起こるよね。私も経験しているから
言えるんだけど、夢ではよく
電話がおかしくなる。
よく考えてみて、今までに
こんな経験したことがなかった?」
「夢?」
昌子さんは首を傾げて考えていたが、
急に明るい顔になった。
「あぁ、そう言われてみれば
前にもこんなことがありました。
そうか、夢なんだーでも、あなた方とは
現実の世界でお目にかかったことが
あるのでしょうか」
〜つづく
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「それは違うわ、あの子にはあなたが
見えてないだけよ。
それに、あの子ビジターだわ」
「ビジター?じゃあ昌子は
まだ死んじゃいなかったんですね」
ああ良かったと言いながら犬山さんは
目頭を押さえている。犬山さんの涙を見て
ママはもらい泣きしそうになっているが、
私はビジターと言う言葉が気になった。
「じゃあ彼女も夢を見ているんだね」
「そう、あんたと同じよ」
「夢の中か・・・あれっ?でも変だなあ
我々はこうしてお互いが
見えているし話しもしている。私もビジターで、
あの子もビジター、なのにあの子には
犬山さんが見えていない。
ママ、どういうことなの?」
ママの顔が曇る。
「そうなのよねえ、どうしてお父さんだけ
見えないのかしら・・・・」
しょんぼりと肩を落とした犬山さんが
目にいっぱい涙を溜めている。
「あっ、犬山さんそう落ち込まないで、
そもそも娘さんが
あなたのいる所に現れたっていうことはね、
あなたのことを考えていたからなのよ。
お父さんに会いたいって思ったから、
ここにくることが出来たの」
ママの言葉に、犬山さんの顔が
一瞬明るくなるのがわかった。
「そりゃあおかしいよ、
それだったら何んで見えないのさ」
私はべつに禁句を口にしたわけではないのに、
犬山さんの顔色がまた悪くなった。
うひゃっ、こりゃまたママに
必殺踵落としを喰らうぞと思い
スッと足を引っ込めたが、
ママは冷たい目で私を一瞥した後
プイと横を向いてしまった。
「いやいや、ちょっと待って」
先生が私とママの間に出来た
マズイ空気に気がついたらしく、
割って入ってきた。
「犬山さん、ママさんの仰る通りだと
思いますよ。あの子は見た所、
素直で優しい娘さんだ。お父さんのせいで
お母さんが苦しんでいるのを見て、
いつの間にか大好きが
大嫌いと言う言葉にすり替わってしまったんだ。
お父さんが死んでしまって、
一番ショックを受けたのは
あの子のような気がします。もう一度あなたに
会いたいと思っているに違いない、
それなのに見えないと言うことはね、
きっと心の中で二つの気持ちが
葛藤しているからです。
つまり自分を責める心と、自分は悪くないと言う
心とがあって、苦しんでいる」
先生の話が終わると、犬山さんは目を
真っ赤にしてカウンターに座っている娘の後姿を
じっと見つめていた。
昌子さんは今、バッグの中から
携帯電話を取り出して
何処かへ連絡しようとしているみたいだが、
思うようにかけられないのか四苦八苦している。
ママが急いで彼女の側へいき、
どうしたの?と聞いた。
「えっ?あぁ、この携帯変なんです。
妹にメールしたいんですけど、
うまく操作が出来なくて・・・」
昌子さんがママに携帯を見せている。
しかしママは携帯をじぃっと見て、
けいたい?とぎこちなく言って首を傾げた。
ゲッ知らないんだ、昌子さんも
ママの反応に怪訝な顔をしている。
「エッ電話なの?
でもこの電話にはコードがないわ、あっわかった
電池かあー電池なのね、フーン、
持ち歩くことが出来る電話だから携帯電話か」
まあバッテリーも電池も理屈的には同じだから、
ママの言っていることは間違っちゃいない。
昌子さんは複雑な顔に笑みを浮かべている。
そして、止めの一発がママの口から出た。
「こりゃ喋れないわよ、だって受話器がないもの」
これで判明、ママの生きていた時代では
携帯電話なんて使わなかったのだ。
昌子さんはエッ?と言うような顔をしたまま
口を開いている。ママは昌子さんの顔を見て、
自分には手に負えない物だとわかったのか――
「私はダメ、こう言うのは苦手なの。
ねえ、これ貸してちょうだい。
あそこに詳しい人達がいるから聞いてみる」
昌子さんは我々の方をチラッと見て、
一瞬不安そうな顔をしたが、
どうやら頼む気になったようだ。
「あ・・・どうぞ、聞いてみてください。
お願いします」
ママがさっそく携帯を持ってこっちに戻ってくる。
「ねえ、この電話なんだけど、
私はこんなもの使ったことがないからわかんないわ。
オイッ、そこのビジターあんたなら知ってるでしょ
教えなさい」
どうやら私はママに嫌われているみたいだ。
オイッはないだろう、オイッは・・・
思わず涙目になる。
しかし、携帯を受け取ったとたん、
すべてのことが理解出来た。
ほほう・・・なるほど、
プッシュの部分が触ろうとすると
パズルのように素早く移動する。
私は夢でこういう現象に
何度もお目にかかっているのだ。
「あー、これはよくあることだよ」
そう言うと、ママも犬山さんも先生も
顔を寄せてきた。私はエヘンと空咳をして、
そりゃつまり・・・夢だからさと簡単に言いきった。
「なによ、それじゃ全然意味がわかんないわよ、
もっとわかり易く説明しなさい」
だから夢だって・・・ボソッとつぶやくと
ママの片方の眉がピクッと痙攣した。
先生はニヤニヤしているし、犬山さんの目は真剣だ。
よし、わかった説明してやろうじゃないか――
「つまりですね、何でだかわからないけど、
私も夢の中で誰かに電話しようとしたら、
こんなふうに数字がバラバラになったりして
なかなか操作出来ないんだ。
やっと相手が出ても言葉が通じないとかね、
彼女も今夢を見ているんでしょ?
だからこんなことになっているんだと思うよ」
私が言い終わると先生も身に覚えがあるのか
フンフンと頷き、犬山さんはなるほど・・・と言って
感心したような目で私を見ている。
「へーえ、あんた頭いいのね」
ママが私を見てニヤッと笑った。
〜つづく
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